◇◆黒タイツの力道山
<東京無重力生活>氏のブログは、氏の闊達な筆力に加え、
なつかしい人々の写真がアップされていて、これがまたグッとくるのダ!

今回は力道山の勇姿↓が。

韓国映画『力道山』、上陸はいつだ!?

力道山が死んだのは小学校1年のときだった。
いまどきの、小学1年の女の子はプロレスを観るんだろうか?
などと、ふと思うが、
わたしはプロレスが大好きだった。

とくに、フレッド・ブラッシーが悪役で登場すると、
「おじいちゃん、きょうは流血試合になるねッ」
なーんて、
血圧の高いじーさんと一緒に興奮しまくらちよこ!
和服姿でふだんは上品なばーさんも、
けっこう力が入っていた。

プロレスラーがトランクスをはくようになったのは、
たぶん昭和40年代からで、
それまではみなピッチリ黒い海パンだった。
そんな中で、力道山だけが黒のタイツ姿で、
「おじいちゃん、どうして力道山だけタイツなの?」
という孫の<どうして攻め>に、
「それはな、力道山がいちばん強いからじゃ」
なんて、ジジは適当に答えるのだった。

だから、プロレスごっこのときは、
上半身裸にアツギのタイツで、
「空手チョップ!」
机の上から飛び降りて・・・ただのお転婆だった。

力道山亡き後は、吉村道明と豊登を応援していたが、
忘れられないのはレフェリーの沖識名。
なぜか、いつもシャツ破られるんですね。

ところが、わが弟のん太くんたちは、
同じプロレスごっこでも知能指数の高い遊びをしていた。
近所のガキんちょたちが遊びに来て、
なにやらみんなで図画工作をしているので、
しげしげ眺めていると、
なんと、チャンピオンベルトを作っているのダ。
しかも、リングアナウンサーの黒い蝶ネクタイまで。

登場するプロレスラーも、
ジャイアント馬場にアントニオ猪木、デストロイヤー。
のん太くんは、ジム・オズボーンが贔屓だった。渋いね。

ジャイアント馬場には思い出がある。
以前、アラモアナのコンドミニアムに住んでいた頃、
上の階から水漏れがして、
コンドのマネージャーが点検に来た。
たいした水漏れではなかったので、
「上の階の人に、気にしないでと伝えて」
と言っておいたのだが、
ドアチャイムがピンポンと鳴って、
ドアを開けたら、
そこにはジャイアント馬場が立っていた。
こういうとき、人は言葉を失う。
いきなり、ホンモノなんだもの。
馬場さんは水漏れを丁寧にお詫びしていかれた。
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by leilan | 2004-11-27 20:00
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