◇◆それでも、ホー・チミンは偉かったのだろうか
べトナムがアメリカの植民地であったことは一度もないけれど、
ある時期、アメリカはべトナムだけでなく、
インドシナの国々へ相当な肩入れをしていた。
物心ともに、彼の地で相当な犠牲を払い、
国内では人心の荒廃を招いたあげく、
米軍撤退後に残ったのは、帰ることのない若者の命と、
おびただしい難民の群れであった。

<極東ブログ>氏の記事で、
最後のインドシナ難民と呼ばれるラオス・モン族を
アメリカが新たに受け入れることを知った。


  ベトナム戦争終結から30年が過ぎた今年、アメリカは1万5千人のインドシナ難民を
  新たに受け入れることを決めた。
  メディアが「最後のインドシナ難民」と呼ぶ彼らは、ベトナム戦争でアメリカに協力し、
  CIAの指揮下で極秘任務に活躍したモン族の人々。
  共産勢力が政権を掌握したラオスからタイへ逃れ、私設のキャンプ地で命をつない
  できたモン族を受け入れることは、アメリカにとってベトナム戦争の最後の重荷を
  清算する歴史的な節目となる。


いったい、あの戦争は何であったのか、
という思いは、今でもアメリカ人の心に強い。

ふだんは口に出さないものの、現在50代から60代初めの人は、
みな何らかの形で戦争体験を背負っている。
ワシントン記念塔の近くにあるベトナム・メモリアルでは、
黒御影石の壁に刻まれた戦死者の名前を見つめ、
無言で立ち尽くす人の姿が春夏秋冬絶えない。

サイゴン陥落から30年。
インドシナ半島とのかつて関わりあいを思い起こさせるのは、
インドシナ系アメリカ人の活躍である。

着のみ着のままで難民船に乗ったベトナム人、ラオス人、カンボジア人が、
アメリカ各地に定住し、英語を学び、商売をはじめ、たくましく生活している。
彼らの中には、幼いときにボートで逃げて来て、この国で教育を受け、
ウエストポイントを首席で卒業し、レーガンから全国民に紹介された人もいる。

もともと教育水準の高い、中産階級出身の亡命者が多いせいもあろうが、
それにしても30年の間、彼らはよくやって来たと思う。

その陰には、インドシナの難民に教育の機会を与え、
住居を用意し、就職を助けた、
教会を中心とするコミュニティーの目立たぬ支援があった。

北ベトナムの言い分をすべて信じ、共産主義の失政に喘いだインドシナの民と、
アメリカに逃げてその地歩を固めたインドシナの民との明暗。

それでも、ホー・チミンは偉かったのだろうか。
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by leilan | 2004-11-29 18:45
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