◇◆俳句  逢ひみてののち夢ばかり桜炭

逢ひみてののち夢ばかり桜炭

寒菊や匂ひほのかに花鋏

吸ひ込まれさうな冬泉ひと跳びに

子狐の母に甘ゆる冬銀河

蒲団より落つ寵愛のキティちゃん


年の暮れがせまってくると、
何やら昔なつかしい生活の匂いがあたりにただよってくるようでいて、
いま一つそれがせまってこないもどかしさみたいなものを感じる。

子供の頃、大晦日の台所にただよう風情がもの珍しく、
うきうきした気分で母や祖母を手伝ったものだった。
今の子供は年の瀬の情緒をどう感じているのか、
大人になってふりかえるに足る歳末というものがあるのかどうか。

でなければ、
松飾やおせち料理の美しさを感得するアンテナすらないということになろう。
出来合いの料理の見せ掛けの美しさなど心にひびきようもない。

暮らしの音や匂い。
路地から路地の豆腐屋のラッパや人の往き来のあわただしさには、
ひとしお暮らしの匂いがたちこめているように感じられるのである。

この頃、年の瀬の情緒など記憶のなかだけにあって、
現実にはひとかけらもない暮らしをかえりみると、
生活が簡略化される分だけ、暮らしの音と匂いが薄れていき、
歳末の情も新年のすがすがしい美しさも失われていく。
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by leilan | 2004-11-30 18:57
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バッカスの神さまに愛されたい
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