有名な話なので、よく知られていると思うが、
今日、年若い友人から由来を訊かれたので、簡単に。
安政元年(1854年)
東海地方を襲ったM8.4の安政の大地震の後、
和歌山県で起きた津波の話を題材に、
小泉八雲が「稲むらの火」という小説を書く。
これが英語でも書かれていたことから、
津波という現象が世界的に認知されたのが発端となった。
和歌山県広村の庄屋、五兵衛は地震の後、
高台にあった屋敷から眼下の村を見下ろす。
ちょうどその頃、
村人たちは豊作を祝う秋祭りの仕度をしていた。
五兵衛がその視線を海に移すと、異変が起きていた。
海岸べりの水がざーっと沖に引き、
砂や岩が表出して遠浅となっている。
これは津波の前触れだ、
と直感した五兵衛は村人に知らせねばと考える。
時あたかも収穫の直後で、
稲わらの束がうずたかく庭先に積まれていた。
彼は、その稲わらに次々と火をつけていく。
下にいた村人たちは、
「大変だ。庄屋さんのお屋敷が燃えている」
と慌てて駆けつける。
五兵衛は、火はそのままでいいから、
村人を全員、ここに集めるよう促す。
そして、全員の村人が高台で確認された直後、
村を大きな津波が呑んでいった。