俳句  酔ふてさうらふ見上げたる冬銀河
酔ふてさうらふ見上げたる冬銀河

手袋の落ちたも知らず日能研  (算数が難しい!)

下車駅の過ぎにし吾れや日能研

今日こそとそれでも解けぬ日能研

ちやんちやんこ着ておはじきに夢中なり


日本の世相に疎く、浦島太郎状態に近づく一方のわたしだが、
極東ブログのエントリ「未婚男性急増といったことから」を拝読し、
ひざをポンと叩きたくなるような箇所があった。

  子供の教育費を含め、幸福なりが、可処分所得と消費に構造化
  された世界のなかでは、そこから落ちこぼれていく人がいるとい
  うのは、まさにその構造の特性なのであろう。
  で、終わり、という感じがする。そこを出るということは、マイルドで
  あれそうした構造に対立する意味でカルト的なコミュニティへの
  所属希求となるのだろう。が、それが上位の一般社会を覆うこと
  はない。

その通りだと思う。

日本はいよいよ階級社会に入ったという論調を見かけるが、
こと結婚に関しては、昔から敢然と階級意識が存在したと思う。
それは、親の職業や家柄であったり、住む地区であったりした。
本人同士は好きで一緒になりたくても、
不釣合いだとして周囲が許さなかった話はたくさんあった。
わたしの友人にも駆け落ち同然で結婚したのもいるし、
泣く泣く諦めたカップルも現に存在した。

しかし、そうした階級意識とはまた別に、結婚できない男たちもいた。
中卒や高卒で、中小の町工場に勤めてコツコツ働いているのだが、
なかなか嫁さんの来てがない男たち。
あるいは、農家の長男坊で、親と一緒に農業を営んでいるものの、
嫁さんの来てがないという男たち。

わたしの世代でこうした男性たちが30代になりかけた頃、
フィリピン・バーが一世を風靡したことがあった。
彼らは、日本の女性を相手にせず(相手にされなかったのだが)
フィリピーノに入れ揚げ、身ぐるみ剥がされたり、
サラ金から借金までして入れ揚げ、債権取立てに追われ自殺したり、
なかには結婚した人もいただろうが、その後はどうなったのだろう。

その一方で、新興宗教にのめり込んでいく人も多かった。
原理研(統一教会)、創価学会、幸福の科学、オウム・・・。

「幸福が可処分所得と消費に構造化された世界」とは、
よくぞ言ってくださった、という感じがする。

そんな日本に嫌気がさして、貧乏が当たり前のようなハワイにいる。
[PR]
by leilan | 2005-01-14 20:59
<< 俳句  人去りし日やラグビーの... 俳句  生国は水の地球や浜千鳥 >>


バッカスの神さまに愛されたい
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧