俳句  若宮大路海へとつづく春隣
待春のケトルに香草ひとつかみ

若宮大路海へとつづく春隣

長椅子の端にひとつぶ年の豆


エキサイトのリニューアルが大荒れだったようだが、
ようやく投稿可能となって、めでたしめでたし。

無料で使わせていただいてますので、
それだけでも申し訳ないような気がしていますのに、
ご担当の方々は、きっと寝ずの作業だったに違いなく、
この一両日、本当にお疲れさまでございました。謝謝。

きょうは節分、そして明日は立春となる。
たましいの部分では、
旧暦で生きているわたしにとって、
きょうは一年の変わり目みたいなものである。

立春を年初とする考え方は中国では漢の時代からで、
それ以前の前漢の時代には、
春は冬至からと考えられていた。

それは、一日の日照時間をもとに考えると、
冬至は日照時間のもっとも少ない日で、
昼が一年中でもっとも短く、夜がもっとも長い。
陰気が極まって、これから陽気が萌すという、
陰から陽への一陽来復の日だというわけで、
冬至から春が始まると考えたわけである。

しかし、今度は気温をもとに考えてみると、
季節的にもっとも気温が下がる寒い日は立春であり、
立春からしだいに暖かさが増して春になる。
確かに、冬至から日照は長くなるが、
<冬至冬なか冬はじめ>
といわれるように、
冬至は冬の真中であり、
ここから本格的な冬の季節になる。

時間の春より気温の春をのぞむなら、
もっとも寒い日であろうと、
その後は暖かい陽光が肌に感じられる立春をもって、
春とするのが自然と考えたわけである。

こうして漢の時代に入ると、
一陽来復の日として立春が年初と定められるようになった。

この立春年初は、それから二千年近く続き、
日本でも明治6年の太陽暦改正まで、
立春を年初としていた。

その名残として、
立春を基準に日を数える風習がいまでもあり、
夏が近づいて種蒔きの目安となる<八十八夜>
中稲(なかて)の開花期で台風が多い<二百十日>
また台風襲来の厄日とされた<二百二十日>
などの言葉が残っている。

きょうのワイキキは終日、雨だった。
どうしたわけか、わたしは一日中、
<故郷を離るる歌>を歌っていた(笑)

わたしには、こういうことがよくあって、
先週は<Breeze and I ・そよ風と私>だった。

     故郷を離るる歌

  園の小百合、撫子、垣根の千草
  今日は汝を眺むる終りの日なり
  思えば涙、膝をひたす、さらば故郷
  さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば

この歌はドイツ民謡に日本語の訳詞をつけたものだが、
この詞のはめ込みが何とも妙である。

<ソノノサユリ ナデシコ カキネ>まではいいとして、
次の<ノ チグサ>の<ノ>がおかしいのだ。
楽譜のいちばん高音の部分、
それもブレスしたすぐ後に助詞がくるから変なのだ。
歌う生理に適っていない。
どうして誰もこれをおかしいと言わなかったのだろうか。

けれど、おかしなもので、
長年歌っているうちに、
そこが一種快くなってくるから不思議である。
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by leilan | 2005-02-03 20:58
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