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『書棚』 Embracing Defeat/ by John W.Dower

敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー 著
三浦 陽一 高杉 忠明 訳

岩波書店

スコア選択: ★★★★★


敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー 著
三浦 陽一 田代 泰子 高杉 忠明 訳

岩波書店

スコア選択: ★★★★★


ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』は、アメリカ占領下にあった日本の政治、経済、文化、社会について、敗戦がいかに日本とその市民に受け入れられたかを描いた著書である。そのリサーチは、とてつもなく深く幅が広い。同時に、アメリカおよび旧ソ連が、後に自国にとって不利になる史資料をもしっかりと保存していたその伝統がうらやましく、ほろ苦くもある。後世に確実に残っていく名著である。

1999年、ピュリッツァー賞を受賞。
これによって著者はアメリカ論壇の一角を占めるに至った。
マサチューセッツ工科大学(MIT)教授。歴史学者。

その膨大な内容に対して、すべての感想をブログに書くことはとてもできないが、何点か取り上げてみたい。

戦争は多くの犠牲者を出した。戦地から帰ってきた復員兵、戦争孤児、そして原爆被災者等々。ダワー教授は、彼らは今やこの国の新しいのけ者になったと厳しい指摘をしている。そして敗戦後の日本では、弱者に対する冷酷ぶりが目立つ現象であったとさえ言っている。どん底の暮らしぶりで他人にはかまっていられなかった側面もあろうが、「見知らぬ者を世話する義務とか、無償の博愛とか、寛容とか、不幸に襲われ苦しんでいる者に対して、気が向いたときだけ感傷的になって親切にするのではなく、純粋な共感をもって接する伝統は、日本ではけっして強くなかった」という指摘は耳が痛い。

また、彼は天皇の戦争反省の欠如を指摘していることに注目したい。敗戦の年の9月、天皇は皇太子に次のような手紙を送っていることを紹介している。「日本が戦争に負けたのは、米英をあなどったこと、軍人が精神に重きをおいて科学を忘れたこと、名将に恵まれず退くことを知らなかったこと、このまま戦争を続けると「三種の神器」を守ることができないし、したがって涙をのんで「国民の種」を残すべく降伏したのだ」と敗戦を軍部に押し付け、しかも三種の神器をもちだし、自分が聖なる皇統の継承者としている内容である。この私的文書は長い間一般に知られることがなかったというが、いささかショックである。

さらに、占領軍の天皇に対する評価は「天皇は日本人の心性に、ほとんど全体主義体制に近いような精神的支配力をもっている」として、マッカーサーは敗戦国日本では天皇を利用して、自分とともに二重の強力な権威を行使しようと考えたことは自然のことであったと指摘している。

ここに、日本の皇室擁護派とアメリカ占領軍は、軍部を悪役にして天皇を平和主義者とし、天皇民主主義を建設しようというキャンペーンをして、「最終的には両者の共同作業は功を奏した。天皇に新しい衣装を着せ、裕仁個人の身の安全を確保し、新設された民主主義国家の中央修飾として玉座をおくのに大いに貢献したのである」と皮肉を込めて書いている。

これに加えて、私が興味を覚えたことは、マッカーサーやGHQに対して、日本の庶民から届いたおびただしい贈り物や手紙である。マ元帥に対して、「神の如き尊き慈悲」を讃え、「生きる救いの神」とまで呼んでいる。昨日まで「鬼畜米英」と叫んだ人たちなのである。ダワー教授は、日本人の変わることのない依存的心理を容易に見出すことができると解釈しているが、確かに昨日までのことを見事に忘却した現象であり、一時の小泉人気などに類似していることに驚く。

9,11の後、たまたまジョン・ダワーの講演を聴く機会があった。そこで彼は、「日本が戦前に行っていたことは、今アメリカが言っていることと同じだ」とし、「見よ、東海の空あけて・・」の出だしで知られる「愛国行進曲」の中の「往け、八紘を宇となし、四海の人を導きて、正しき平和をうち建てん、理想の花は咲き薫る」を英訳したら、ブッシュ大統領の演説になると見事に一刀両断した。

「敗北を抱きしめて」は学術的論文で決して読みやすくはないが、2001年にはじめて読んで以来、折々にめくってみる一冊である。
by leilan | 2005-04-15 13:18 | 書棚
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バッカスの神さまに愛されたい

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