ナパーム弾から逃げまどう南ベトナムの少女
ベトナムの少女―世界で最も有名な戦争写真が導いた運命
デニス チョン Denise Chong 押田 由起 / 文芸春秋
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ナパーム弾から逃げ惑う一人の少女。 原題は「The girl in the picture」・・・ベトナム戦争の悲惨さを最も象徴する写真の主人公がたどった数奇な運命のノンフィクションである。
その少女の名前は、キム、フック。南ベトナム、チャンバンで生まれた彼女は、9才のとき、南ベトナム空軍機のナパーム弾に被爆し火傷を負ってしまう。その時、裸で逃げ惑う様子を写真に撮られる。アメリカのAP通信から「ナパーム爆弾から逃げる南ベトナムの少女」として配信されたその写真は、1972年6月8日、世界中の新聞の第1面を飾った。
この1枚の写真がキムの運命を変えてしまった。著者のデニス・チョンは彼女への聞き取り、関係者との面接を通して、ベトナム戦争の歴史を踏まえながらキムの人生をたどったのがこの著書である。
キムが数奇な運命をたどったのは、ベトナム戦争が終わってからである。医学部に入学した彼女は、新たにできたハノイ政府のプロパガンダとして利用され、世界各国から来る要人、ジャーナリストたちの接待に回され、学業ができなくなる。その後、ドイツの報道写真家ペリー・クレッツの好意による、ドイツでの皮膚手術、キューバ留学を経て、カナダに亡命をしてしまう。
たった1枚の写真が彼女を有名にし、ハノイ政府のドン首相をはじめとする多くの協力、好意もあったが、政治の枠に嵌め込まれたため、自分を取り戻すために、自由主義世界に逃げ込んだ彼女の行為は責められない。
この著書ではキムの両親の誠実な生き方と兄弟の様子なども描かれているが、新政府の方針が家族の生活まで変えてしまったことも記されている。共産主義政府に対する著者の批判とも受け取れるが、180度の政治転換が庶民の生活まで脅かしたことは否めない。
1997年、カナダのトロントで貧窮生活を送っているキムと夫のトアンが地元の新聞に紹介され、多くの読者から寄付金が寄せられ、また世間に知られることになった。そしてユネスコは彼女を平和文化使節に任命したという。賢明な彼女は、自由世界の政治に利用されることはあるまい。現在、彼女は戦争の犠牲になった子供たちを救うためにキム財団を設立したという。