papas8559 さんのエントリ『言葉の力』について思う

『本と、のこと』の papas8559 さんのエントリ言葉の力。を拝読。

その視点がおもしろい。(papas8559 さんお気に入りのカフェがまた素敵なので紹介したくなったのも事実だ^^)

言葉というものは、モノゴトの伝達のためではなく、対話を通して思いを伝えるために生まれたのではないかと思う。言葉が生まれる以前の人間世界には、それほど伝達すべき事柄がなかったはずで、きっと猿の世界とさほど変わらなかったであろう。

もしそうなら、言語は必要なく、音とか身振りとかで充分にコミュニケーションは可能だ。外国語がわからなくても旅ができるように。異国を旅して、もっと外国語を勉強していればよかったと痛切に感じるのは、「自分の思い」をうまく伝えられないときだろう。

人間はきっと思いを伝えたくて言葉を生み出したのではなかろうか。

人間が人間になったのは、「死」を意識し始めたからだと言われる。「死」を意識することで、「生」を意識し、胸中に様々な思いが渦巻いたであろう。世界の不条理とか、不可解さとか、恐ろしさを、以前よりもいっそう感じ、心のなかの混沌状態に何らかの秩序を見いだすために、人間は言葉を生み出した。言葉が本来一つだったというのは、そういう意味ではないかと思う。

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しかし、いったん生まれ落ちた言葉は、その利便性が特化することとなり、モノゴトの伝達手段として膨張していくわけだが、やがてその言葉そのものに人間世界が飲み込まれてしまう。

始皇帝が、焚書坑儒をしたことについて、その暴君ぶりが強調されたりするが、実際は、今日のような諸子百家状態でわけがわからない言葉があふれかえり、そうした状態を強引に修正しようとしたのではないかと私は想像する。

古代ギリシアにおいて、ソフィスト(詭弁家)全盛の頃も同じ状態だ。ソクラテスは、ソフィスト達を論破して無知の自覚を説いたわけだが、常に対話を通して無知の自覚に至るように論を展開したわけで、やはり言葉の使い方として、非常に理にかなっていたのではなかろうか。

言葉は、書き言葉ではなく話し言葉から始まったわけで、そこにはきっと音楽性が強くあったはずだ。また、村の歴史の伝達にしても、口承で行われていた際には、その音楽性によって身体的に物語が受け継がれたであろう。ホメロスの神話にしても、一人の作者ではなく、数多くの吟遊詩人の口承伝承の賜である。

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by leilan | 2005-05-01 12:47 | とらば&とらば
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