馬の耳


『雑念系ブログ』の六尺さんこと heavier-than-air さんのエントリー
「こどもの日(大安)に子どものことを考えた」を拝読。

これは『美術な目』の crayon-pastel さんのエントリー
「手を使おう」にトラックバックくださったものですが、
皆さんに是非読んでいただきたいのでここに再掲します。


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昔の人はよく「馬の耳に念仏」と言った。
どこかに、手の中の物を、ほうり出すような調子が含まれている。

読書をせよ、日記をつけよと、
先生や親にすすめられた人は数知れぬほどいるが、
これが「馬の耳に念仏」派ばかり。
年長者の意見を聞き流しにしておく。

私なども、まさしくその一人であった。

ある日、小学校の担任の先生が子供たちに言う。
五年生くらいとしておこう。

「いいかみんな、来週の国語の時間に君達の写真を持ってくること。
この頃とったのがあるだろう?
君がシャッターを押したのでもよし、
誰かにとってもらった君の写真ならもっといい。
最近のがなければ、一年前でも、三年前のでも、
君が生まれたときのでもいい、
必ず学校へ持ってくること」

それからのひと騒ぎは略すとして、次週の国語の時間がくる。
先生が写真を持って来たかと、教壇から声をかける。
元気な返事があり、手をさし伸べて振りまわして見せる子もある。

「よォし。
先生がここに厚紙を持って来た。
この厚紙の右上に、このテープを四隅に使って、写真を貼りつける」

先生は黒板にそのやり方を描いてみせる。

「まちがえるなよ、右上だぞ」

国語と工作の時間を取り違えたのではない。
先生は写真の下部に、各自の名前を記させ、
いつ頃写したものか、あるいはいつ頃の季節だったかを記させる。

次いで、誰がとってくれたか、横に並んだ人達は誰々だか、
その写真から思い出したことを、厚紙の余白に書き込ませる。

なっとくするまで、またひと騒ぎして、一瞬教室が静かになる。

「君達はもうすぐ六年生になる。
そうすると修学旅行だ。
みんなカメラを持ってきてパチパチやるだろう。
バラバラにしておくと、いつか失くしてしまうこともある。
帰ってきたら、この方法で写真帖を作って、
なんでもかんでも、旅行中のこと、仲間のこと、
メモのつもりで書き込んでおく。そのための練習だ」

以上は、たとえ話である。
私の子供時代には、こういう優れた教え方をする先生は多勢いて、
私も知らず知らずの間に読むこと、書くことを呑み込み、
大層得をした一人である。

読み書きの時間は、実に楽しかった。
子供の時から、そんないい先生に教わったにしては、
お前の文章は成っていないぞと、言う人があるかも知れない。
残念だが、それは私に才能がとぼしかったからで、
まったく別の話になる。
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by leilan | 2005-05-06 10:56 | とらば&とらば
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