『書棚』  雨にぬれても / 上原隆


雨にぬれても


上原 隆 / 幻冬舎
ISBN : 4344406532
スコア選択: ★★★★




普通の人々の普通の生活を取材して、
センスのいい短文にまとめた「コラム・ノンフィクション」。
ノンフィクションとはいえ、
まるで切れ味のいい短編小説を読んでいるかのように錯覚する。
胸に残る風景が語られる。

その中の一篇、「雨にぬれても」はあとを引く。

語り手の竹内敏子が所沢霊園にいるシーンから始まる。
勤め先の社長が4年前に自殺してから、
彼女は毎月命日になると墓まいりしている。

「竹内さんと社長とは恋人の関係だったんですか?」と尋ねられると、
彼女はこんなふうに答える。
「そんなんじゃありません。社長には奥様も子どももいたし、
どちらかというと父親みたいな存在だったかな」

小さな頃に両親が離婚し、
竹内は母親にひきとられたので実父を知らない。
それで10歳年上の社長を父親のように思いたかったのかもしれない。
27歳の時に離婚し、社長の印刷屋に入る。
やがて会社は生命保険会社のPR誌を作るようになり、
編集プロダクションのようになった。社員は10人いた。

ところが10年くらい前から不況になり、社員が減り続け、
最後は社長と竹内だけとなり、おまけに6000万近い借金が残る。
竹内は自分の貯金を会社のためにつぎ込むようになって、
とうとう4年前に社長が自殺する。

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私の胸に残るのは次のエピソードだ。
社長の趣味は競馬だった。
その土曜の風景が語られる。
竹内が10時頃出社して、社長が昼頃来て、
いっしょにお昼を食べて、車で後楽園まで馬券を買いに行って、
2時頃からおしゃべりしながらテレビを見て、
4時頃になると、じゃあ帰ろうかと社長の車に乗る。
竹内の家が途中にあるので、
いつも社長の車に乗って、だべりながら帰る。

竹内がコーヒーが飲みたい、
社長がラーメンが食べたいってときは、
東大島のミスタードーナツに寄る。
隣が本屋さんなのでよく文庫本と競馬新聞をそれぞれ買って、
明日の予想をして、じゃあねって帰っていったという風景。

毎週土曜はそうして過ごしていたという。
たしかに、男女の関係ではない。
しかし、土曜は仕事をほとんどしてないことに留意。

2人とも出社しなくてもいいのだ。
いっしょにお昼を食べて、馬券を買いにいって、
テレビを見て、それで帰るだけだ。

つまり、社長も竹内も、
週末に居場所のない人間なのである。
いや、週末だけではない。
会社以外に居場所のない人間たちといっていい。
仕事が忙しいから遅くまで残っていたわけではないはずだ。
帰ろうと思えば、帰ることは出来る。
帰りたくないのだ。

社長と竹内敏子の関係が、男女の関係よりも、
そして疑似親子関係よりも、もっと濃密な関係に見えるのは、
居場所のない人間同士だからである。
その寄り添うかたちが羨ましい。

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by leilan | 2005-06-07 23:45 | 書棚
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