めざましいアメリカのがん治療

一昨日の極東ブログのエントリ
「米国の話だが保障の薄い医療保険は無意味」
アメリカに暮す者にとっては、まさにその通りの内容だった。

私のようなおばさん世代になると、普通の医療保険のほかに、
がん等の特定疾病対応の高額保険に加入している者が多い。
それは、アメリカの医療費がバカ高いせいなのだが、
アメリカのがん治療はこの10年でめざましい進歩を遂げたことが、
高額保険に加入する、もう一つの理由なのだ。

現在のアメリカで、がんはもはや不治の病ではなくなってきている。
政府が莫大な助成をして、がん治癒への旺盛な研究が行われている。
その成果がとにかくめざましいのである。

それで、興味を持ったのは、極東ブログのエントリでの、
読者間のコメントの遣り取りだった。

「etrnalwind」さんという方のコメントに対して、
現役の医師が二人、横レスしているのだが、
これを読んで、日本のドクターはだめねぇ、と率直に思った。

この応酬、「etrnalwind」さんはまったく、はずしていないのに対して、
ドクターのはずしっぷりはどうしたことか。

私が、こんなことを思うのは、
日米のがん治療を比較すべき事態に遭遇したからだ。

あれは、昨年の1月のことだった。
軽い面識がある程度の若い日本人留学生(26歳・女性)から、
電話がかかってきたのが発端だった。

彼女は、その一ヶ月くらい前から下腹部に鈍痛があって、
ワイキキのホテル内にある観光客向けのクリニックに行ったという。
そこで「卵巣のう腫」の疑いがあると診断され、
すぐに、ストラブ病院に回されたのだが、
のう腫はかなり大きくなっていて手術は早い方がいいという。
もしそれが悪性のものであれば、若いだけに転移が早い。
手術は4日後ということに決まった。
幸い、彼女は留学生疾病保険を日本で掛けてきていた。

彼女の家庭のことはよく知らなかったが、
手術にご両親が来られないというので心細くもあったのだろう。
彼女が唯一知っている中年が私だったらしく、それで電話してきたらしい。
私自身も若い頃、右の卵巣を摘出しているし、
ひとりぼっちで手術する彼女を放ってはおけなかった。
それに、こちらは手術しても翌々日には退院させられる。
食事や洗濯など、身の回りの世話も必要であった。

術後の組織検査は最悪の結果だった。腫瘍は悪性である。
しかも、ハワイでも5年に一人という特殊ながんで、
そのがん細胞はハーヴァードに送られたほどである。
すぐ、婦人科専門のカピオラニ病院に回されたが、
この段階で、がんはすでに子宮に転移していた。

このときのことは忘れられない。
私も病院に付き添っていったのだが、
ドクターから転移の告知を受けたとき、彼女は泣き崩れた。
まだ26歳、独身である。

手術と手術の間隔が最低3週間は必要ということで、
一回目の手術から3週間後、すぐ子宮と残りの卵巣の摘出が行われた。
そして、がんは、すでに胃の一部にも転移していた。
この頃、私は彼女のご両親ともまめに連絡を取り合っていた。
ご両親がすぐ駆けつけることができない事情も察していた。
そして、ご両親からは、親の代理ということで委任状まで頂戴していた。

ドクターが仰るには、
彼女のがんの特殊性は、普通、がん細胞は一種類なのだが、
彼女のがんには二種類のがん細胞があるのだという。
これは、非常にまれな例で、アメリカでもめったにないそうだ。

胃の転移については、抗がん剤を六ヶ月投与したいということだった。
かなり強い、三種類の抗がん剤を投与するが、
これによって、進行中のがんは100%退治する自信があると、
実にきっぱりと言われた(このきっぱりした態度には励まされた)

彼が婦人科系のがんではハワイ一の名医ということは聞いていたが、
それでも、私は、知人の日本人ドクターのところに足を運んだ。
それは、もし日本で同様の治療が出来るなら、
抗がん剤投与は日本で受けた方がいいのではないかと思ったからだ。
理由は、保険金のことである。
彼女の保険は上限が1000万円、二度の手術で使い果たしているはずだ。
アメリカで実費となれば、これは莫大な医療費となる。

知人の日本人ドクターはアメリカだけでなく日本でも実績のある人だったので、
彼ならば詳しいだろうと思ったし、彼は非常に思いやりのある人物だった。
彼はすぐにカピオラニのドクターと遣り取りをしてくれた。
私が、保険金の心配をしていることも話したようだった。
白い巨塔的な日本では考えられないことだが、
こちらは事情や理由がはっきりしていれば、
医師同士の情報交換は比較的オープンに出来るようだった。

で、彼は、日本では救命できないだろうという判断を下した。
これから使おうとしている抗がん剤が日本にはないという。
彼は、「日本とアメリカの医療では、30年の開きがある」とも話した。
これは、友人のアメリカの心臓外科医と眼科医(どちらも日本人)からも
聞いたことがる。

そして、カピオラニのドクターは、すぐに保険の残金等を調べてくれ、
保険の範囲で治療ができることを伝えてくれた。
(たぶん、特別の配慮だったのだろう。1000万で二度の手術と半年の抗がん剤治療はどだい無理だ。病院に一泊したら部屋代だけで20万円かかるのだ)

26歳の女性が、卵巣も子宮も失い、
しかも抗がん剤で、髪の毛は抜けてしまったが、
彼女はよく頑張った。それを褒めてやりたい。
彼女はがんを克服し、先月、無事学校も卒業し、笑顔で帰国した。
アメリカに助けてもらったとつくづく思う。

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by leilan | 2005-06-17 22:06 | とらば&とらば
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