『俳句』  点滴のてんてん夏の夜を刻む

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            点滴のてんてん夏の夜を刻む  麗蘭




いやー、参った参った。
久しぶりに喘息の大発作に襲われ、
一昨日は眠れぬ夜を過ごした。
今朝の3時頃になって、ようやく人心地がついたが、
こんな発作は25年ぶりだ。
20代の頃の減感作療法が効いて、
風邪でも引かない限り発作はなくなっていたが、
ドクターの診察では、
どうも、若年性肺気腫のケもあるらしい。
肺気腫はいやじゃ、いやじゃのいやじゃ姫。

あれは不可逆的とでも言おうか、
治療しても肺が元に戻ることはないわけで・・。

でも、こうなったら徹底して治療するぞ。
苦しむ分には、それは自分が我慢すればいいことだが、
病気が進んで、周りに迷惑をかけるような人生にしたくない。

それにしても、昔の発作の記憶・・
もォ、どっとよみがえって来ましたねぇ。

もの心ついた頃には、
深夜の発作が起こると、
父と母が交替で私をおんぶしてくれたものだった。
おぶってもらうと、幾分呼吸がらくになる。

さぞかし親は大変だったろう。
そのことで愚痴めいたことを一度も親の口から聞いたことがない。
感謝している。

小学生くらいになると知恵がついてくる、
なんとか呼吸がらくになりたくて、
実験クンになるのだが、
やがて、落ち着いて複式呼吸すればいいことを体得。
それからはどんなに苦しくても、
パニックになることはなかった。

当時、小児喘息の病室に入院させられると、
似たようなタイプの子が多いことに気がついた。
神経が過敏。感受性が強すぎるような子ばかりだ。
どの子も学校の勉強はよく出来る。
そして、本をよく読む。

私は、今でこそドカンとしているけれど、
往時は自律神経の不安定な子供だったのだろう。
よく自家中毒を起こして、嘔吐していた。

たぶん、家の中に大人がたくさんいて、
手を掛けられ過ぎたきらいもある。
乳母日傘だった。

ところが根っこがじゃじゃ馬なので、
いわゆる白百合幼稚園に行くようなタマではなかった。
風呂敷のマントでハリマオに月光仮面、
水鉄砲ぴゅーぴゅーで、男の子とばかり遊んでいた。
探検ごっこも好きだった。
スカートの裾を下着のブルマーに挟み込んだりして、
よく母や祖母に叱られたものだ。
「れいちゃん、女の子の身体の中には大切なお部屋があるの」
と、母はよく諭した。

あれから、あんまり成長してない気もする。

まあ、Don't Worry Be Happy・・
肺気腫は絶対ストップさせるぜ!

紅子ちゃん、洋子さん、いろいろ気遣ってくださってありがとう。
心から感謝します。
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by leilan | 2005-08-08 12:13 | 俳句
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