『俳句』  枝豆を塩揉む乳房揺れてをり  

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            枝豆を塩揉む乳房揺れてをり  麗蘭






荷風と俳句
b0048657_1611837.jpg永井荷風は俳句の才にも秀で、多くの句を残している。句だけをまとめて読む手立ても今はあるのだろうが、荷風の句の味は、その散文の中に置かれた時に特に滋味があると思う。
荷風の日記や随筆を読んでいて、ふと出会う俳句の美しさ。
専門俳人には出来ないゆとりや遊び、深い情緒を感じる。




「築地から更に移つて麻布に居を定めた時、わたくしは川尻清潭君に請うて、芝公園なるその家の庭から秋海棠二三茎を取り来つて、これを入口のほとりに植ゑた。これさへ指を屈すれば十余年のむかしである。

  長雨や庭あれはてて草紅葉     荷風    」(「断腸花」昭和9)

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「あくる年、四十三年の秋、富松は客に落籍せられて赤坂新町に小料理を出したが、四五年にして再び芸者になり、初めは赤坂、次は麻布、終りに新橋へ立ち戻つてから一ニ年の後、肺を病んで死んだ。それは大正六年の夏の頃の事であった。わたくしは一時全く消息を知らなかったのであるが、或日清元のさらひで赤坂の者から一伍一什(いちぶしじゅう)のはなしを聞き、又其墓が谷中三崎町の玉蓮寺に在ることをも聞知り、寺をたづねて香花と共に、

  昼顔の蔓もかしくとよまれけり

の一句を手向けた。」  (「きのふの淵」 昭和10)

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「震災の火に市は焼尽されて、当時の巷説も今は大方忘れられてしまったらしい。わたくしは其頃よんだ駄句を識して筆を擱く。もとより句を人に示すつもりではない。往時を語つて偶然旧作の句に思ひ到つたまでの事である。

  下闇の何やらすごし倉の壁       」  (「井戸の水」 昭和9)

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「友達が手酌の一杯を口のはたに持つて行きながら、

  雪の日や飲まぬお方のふところ手

と言つて、わたくしの顔を見たので、わたくしも、

  酒飲まぬ人は案山子の雪見哉

と返して、その時銚子のかはりを持つて来たおかみさんに舟のことをきくと、渡しはもうありませんが、蒸汽は七時まで御在ますと言ふのに、やや腰を据ゑ、

  舟なくば雪見がへりのころぶまで

  舟足を借りておちつく雪見かな

その頃、何や彼や書きつけて置いた手帳は、その後いろいろな反古と共に、一たばねにして大川へ流してしまつたので、今になつては雪が降つても、その夜のことは、唯人情のゆるやかであつた時代と共に、早く世を去つた友達の面影がぼんやり記憶に浮んで来るばかりである。」   (雪の日」 昭和19)

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「本堂の前の庭に大きな芭蕉の、きばんだ葉の垂れさがつた下に白い野菊の花が咲きみだれ、真赤な葉鶏頭が四五本、危げに立つてゐた。或年の或日に試みた散歩の所見である。

  鶏頭に何を悟らむ寺の庭      」  (「枯葉の記」 昭和19)

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「七月十四日。今日も雨なり。暮方銀座にて夕餉をなし中洲病院にお歌の病を問ふ。暗夜中洲より永代橋に至る川筋のさま物さびしく一種の情緒あり。

  五月雨やただ名ばかりの菖蒲河岸   」  (「断腸亭日乗」 昭和6)





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いいでしょう、荷風の散文と句の醸しだす情緒・・。

ドクターから「体調が戻るまで、うだうだしててください」言われたので、
けふは荷風の著書をひっくり返して、うだうだョ~







               <昭和27年・文化勲章受賞>
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前列右・梅原龍三郎  後列左から・安井曽太郎、朝永振一郎、永井荷風  豪華絢爛!
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by leilan | 2005-08-09 16:23 | 俳句
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