『俳句』  長生きをしきりに侘びて敗戦忌

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           長生きをしきりに侘びて敗戦忌  麗蘭






「覚悟」という言葉は、元は仏教用語で、
迷いを去り真実の道理を悟ることを言うらしい。

仇討ちに諸国をさまよった子が、ついに親の仇にめぐり会う。
非力ながらも子は決意して白刃を抜き、
「覚悟めされよ」
と言う。
親の仇に、冥土に立つ心構えをせよと促すわけだが、
それを言う子の方も返り討ちに遭って、
落命するかもしれないと覚悟している。

迷いを捨て去ればいいのだから、
覚悟することはそう難しくはない。

だが、人はふつう何となく覚悟することを避け、
うかうかと世を渡っている。
覚悟を得るには、
時により大小の差はあるが心の跳躍が必要なので、
ついそれが億劫で、跳ぶのを後回しにしている。

しかし、世の中には思いがけない人が覚悟している場合があるもので、
ときには覚悟した者としない者が一艘の舟に乗り合わせることがある。
森鴎外の「高瀬舟」は、その一例だろう。

弟の自殺を助けて安楽死させてやった喜助は、殺人犯にされた。
お上から二百文もらって、遠い島への流刑を申し付けられる。
京都町奉行所の同心が一人、
それを護送して夜の高瀬川を下っていく。

咎人であるにもかかわらず、
喜助の顔は晴れ晴れしている。
雲の濃淡に従って光の増したり減じたりする月を仰いで、
その目には微かな輝きがある。
ほとんど微笑しているかのようである。

不審に堪えかねて、
同心は、お前はなぜ遠島の刑を嘆かぬのかと問う。

喜助は孤児として育って極貧の暮らしを送ってきた身の上を語り、
お上の慈悲で一命を助けられ、
これまで手にしたことのない金子まで貰って島に行くからには、
一生懸命働きたい、
どんな生活が待っていようと、
これまでに比べれば辛くないはずだと述べる。

同心は振り返ってわが身を考える。
給料を取って家族を養ってはいるものの、
右から入って左に消えていく金の桁が少し違うだけで、
実は自分も喜助と本質的に同じ生き方をしているのだと気が付く。
ただ違うのは、
自分には生活への不満や人間関係の煩雑さがあるが、
喜助にはそれがない点である。

鴎外は、
「庄兵衛(同心)は今さらのやうに驚異の目を瞠って喜助を見た」
と書いている。
思わず、
「喜助さん」
と呼びかける。
覚悟しない者はした者に対し、
一種畏敬の念を禁じ得ないのである。

舟の中に坐した喜助が振り仰ぐ月は、
いわゆる「覚悟の月」であろう。
覚悟した者の心は、仲秋の名月のように澄み渡る。

現代のような情報社会は、遣り取りが巧みな者が勝つ。
しかし、覚悟は人の心の中に起こり、完結するものであるから、
ネットワークによって広めるということはできない。
覚悟を発信すれば、たいてい空振りに終わる。
他人から「さあ、覚悟しましょう」と呼びかけられても、
自分の心がそれに反応し同調しなければそれまでであって、
大衆を一つの覚悟に動員することは極めて難しい。
独裁者にさえ、それは不可能に近い。
覚悟することは、
ごく個人的に心の結び目をしっかり結ぶ作業である。

最も大きい覚悟とは、
生き続けたいという、人誰しもが持つ本能的欲望を、
迷いとして切り捨てることだろう。

戦場に征く者は、
いわゆる覚悟の臍(ほぞ)を固め出征するが、
前線から無事帰ってきたとき、
死に損なった後ろめたさは憂鬱なものであったという。

ちょうど10年前、1995年のこの日、
私はたまたま東京にいた。
すい臓がんで亡くなった伯母の野辺の送りを、
二日前に済ませたばかりだった。

その日私は、朝5時30分過ぎ、
飼い犬のゴン太を散歩に連れ出した。
道路のアスファルトが焼付く前に、連れていってやりたかった。
市谷砂土原町の家から北の丸公園に向かったが、
きょうが敗戦記念日であることを思い、
途中、私は靖国神社に立ち寄ることにした。
二人の伯父をはじめ一族には戦死者が多い。

まだ朝6時前、ふだんの靖国神社であれば、
本殿の門は閉じられている時刻なのだが、
さすがに門は開いていた。
参拝者の姿は境内に皆無で、
蝉の声が降る参道をゴン太を連れて本殿に向かう。

そこで、私は胸を衝かれるような光景に遭遇した。
本殿の前のコンクリートのたたきに、
ひとりの老人が土下座してひれ伏し、肩を震わせていたのだ。

その姿を目にし、この方は50年もの間こんな思いで・・・、
そう思うと、ふいに込み上げてくるものがあった。

戦争は平時の論理の埒外にある。
可能な限り多くの敵を殺す。
生命を贖(あがな)うために死ぬ。
もっと広く、国のために死ぬ。
それは、平時の論理が絶対認めないパラドックスだ。
だが戦時には、それが戦う者に求められる。
平時とはネガとポジほど違うそのパラドックスを理解しなければ、
たとえば特攻隊第十五振武隊、鷲尾克己少尉の遺詠、
「はかなくも死せりと人の言わば言へ 我が真心の一筋の道」
は理解できないであろう。

平時の論理のみに拠る人が、
靖国神社へ鎮魂の礼をしに行かず、
参拝する閣僚を悪者呼ばわりするのは、
考えれば当然である。

21世紀を迎え、いろんな予測が書かれているが、
私はひそかに今世紀もまた戦争だろうと覚悟している。
人類は毎世紀欠かさず戦争してきたし、
人類にベドラマイトな一面がある限り戦争はまたきっと起こる。
核は必ずしも抑止力を持たない。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、四度の中東戦争、イラン、イラク、アフガン、湾岸、アフガン、イラク・・・
有史いらい今日まで続けて来た戦争が、
二十一世紀に突然止むとは考えられない。

戦争はそれほど避けがたいものであるから、
平和はいっそう貴重である。


  てんと虫一兵われの死なざりし  <安住 敦>

  飴なめて流離悴むこともなし    <加藤楸邨>

  終戦日妻子入れむと風呂洗ふ   <秋元不死男>
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by leilan | 2005-08-15 22:33 | 俳句
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