『俳句』  どんぐりや千に一つは犬の糞

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           どんぐりや千に一つは犬の糞  麗蘭





秋の歳時記「蜉蝣(かげろふ)」の頁を引くと、

  蜉蝣とぶ三番叟の振袖へ  <堀 古蝶>

という句がある。
踊りの心得のある人、あるいはそうでない人にとっても、
この句の美しさにはハッとさせられる。

堀さんは、東京新聞のコラム「筆洗」の筆者だった。
私の祖母は毎朝、これを愉しんで愛読していた。

新聞のコラムというのは、
その日その日のニュースにちなんで、
政治・経済・社会問題の多方面にわたって、
読みやすく、判りやすく、解説しながら、
ジャーナリストの見識を示すものだが、
いくら短い文章でも、
これが毎日の仕事になると、
容易ではないだろう。

ときどき息抜きに、
大した問題のない時は、
花鳥風月や、
自然や生活といったような、
身辺雑記みたいなものを書く。

これを「季節もの」というのだそうだが、
どの新聞をみても、
十日にいっぺん位はそうした記事がある。

堀古蝶さんは、「筆洗」の「季節もの」だけをまとめて、
「筆洗歳時記」を出版されたことがあった。
たぶん、昭和50年代のはじめだったように記憶している。

堀ファンの祖母はそれを買い求め、
座右の書としていたようだった。

祖母が亡くなって、
母と私で、祖母の愛用の品々を整理していたとき、
手製のカバーをかけた「筆洗歳時記」が出て来て、
私はそれを祖母の形見に頂戴した。

堀古蝶さんは、
かつてモスクワ特派員をされていて、
その頃のフルシチョフにちなんで、
「古蝶」と号したほどの洒落っ気のある人物だから、
どの篇にも俳句がはいっていて、
面白い読み物になっていた。

ネコヤナギが咲くといつもシベリア抑留時代を思い出す。
長い厳しい冬が去り、
雪解け水が喜びの声をあげる川べりに寝ころがって、
作業の小休止の短いひまを惜しんでながめたネコヤナギ。
虜囚の悲しみに胸が痛んだものだ。

という一節があって、
大戦でそんな苦労をされたのか、と思った。

たまたま、この一節を読んだあと、
戦時中にブラジル特派員としてリオ・デ・ジャネイロに滞在中、
開戦に遭遇して収容所に入れられた親戚の者から、
こんな話を聞いた。

収容所は「はなの島」という離れ島にあって、
外界とは一切遮断されている。
そこに日本人もドイツ人もみんな一緒にぶちこまれて、
俘虜生活を送ったそうだ。

そのとき、土地の友人が、
英語の詩集をさし入れてくれたそうで、
ひらいてみると、
ところどころの文字に、
赤いしるしがついている。
その赤いしるしの文字をつづってゆくと、

  秋の風獄衣の袖に吹くなかれ

という俳句になっていたそうだ。

私が俳句に心ひかれたのは、
その話を聞いてからであった。
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by leilan | 2005-09-28 11:27 | 俳句
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