『俳句』  澄んだ眼の青年に逢ひ鹿の苑

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            澄んだ眼の青年に逢ひ鹿の苑  麗蘭





旅と言えば駅弁・・・というのは昔も今も変わらない。

ところが、わが母は、
「疫痢が心配・・・」
とかなんとか言って、絶対買ってくれなかった。
昭和30年代の話である。

玉子焼きが入った母手作りのお弁当もおいしかったが、
幼かった私は、一度でいいから駅弁が食べたかった。

向かいに坐った人が駅弁を食べ始めると、
穴のあくほど見つめたものだった(笑)

駅弁が食べたかった。
土瓶のお茶も飲みたかった。

昔は、駅のホームに駅弁売りの人がいて、
乗客は手動で開け閉めできた汽車の窓から、
駅弁を買っていた。

ゴットンと汽車が動き始めると、
慌ててお金の遣り取りをするのだが、
駅弁売りのお兄さんは慣れたもので、
つり銭をしっかり手に握らせてくれる。
そして、深々とお辞儀をして汽車を見送るのであった。

その後、窓の開かない電車ばかりになって、
これはこれで大変だ。
ホームに降りてうかうかしていると、
電車が動き出してしまう。

かって信越線で軽井沢に行くときには横川で必ず買い、
碓氷峠の山中で食べた「峠の釜飯」
栗と杏子が乗っかっていて、
左利きの私は、この甘い杏子が苦手だったが、
軽井沢に行くときの楽しみの一つだった。

そして、重たくても容器を家までもって帰り、
釜飯を炊いたりしたものだった。

大学時代、
アパートで自炊していた友人は電気釜がなくて、
この釜飯の容器でごはんを炊いていた(笑)
思えば、30年前の大学生なんてみんな貧乏だった。

b0048657_1928964.jpg忘れられない駅弁の一つに、
宮古駅(山田線・岩手県)の「いちご弁当」がある。  

この駅弁は本当に旨い!
あわびが実に柔らかいのだ。
私が今までに食べた駅弁で、
これが最も旨かった駅弁かもしれない。

「いちご」とは、「苺」のことではなく、
八戸の郷土料理「いちご煮」のこと。
ウニとあわびを煮て、汁にしたものなのだが、
ウニが木苺の実のように見えることら、
「いちご煮」という名がついたのだそう。

この駅弁は、その「いちご煮」を弁当にしたもので、
あわび、ウニといった海産物が絶妙のバランスで盛りつけられている。

三陸の海を眺めながらこれを食べたらもう最高なのだ。
嗚呼、もう一度食べたい宮古の「いちご弁当」

海外の鉄道には駅弁というものはほとんど無い。
もしかしたら駅弁というのは日本独特の食文化なのかもしれない。

ところがその駅弁も、最近は様変わりしているようだ。
かつての駅弁のスタイルといえば、
薄い木の板で組んだものに薄い木の板のフタを載せ、
包装紙と割り箸を細いヒモで縛ったものが定番であった。

しかし最近は森林資源の保全のためか、
焼却可能なプラスチックや紙製の容器が増えてきたように感じる。
包装紙が無くなって、容器そのものと一体化されているのもある。
容器がコンビニ弁当みたいなものでは、誠につまらない。

森林資源は大切にしなければいけないが、
かといって駅弁のフタを開けたときにほのかに漂う木の香りは捨てがたい。
そのフタに付いたごはん粒を一つ一つ抓んで食べるのが又いい。

「木の香りがする駅弁」は、いつまでも残って欲しいと願っている。
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by leilan | 2005-11-03 19:45 | 俳句
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