『俳句』  うつらうつら観る小津映画昼炬燵

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           うつらうつら観る小津映画昼炬燵  麗蘭





『11PM』が終了して20年になるそうだ。

この番組は、60年代から70年代、
日本の奇跡的高度経済成長を支えてきた
男たちの憩いの場所であった。

仕事に疲れて帰宅し、
釣り、ゴルフ、競馬などの遊びをビールをやりながら見て、
自分たちは忙しくてできないが、
そこから明日の活力を得た。

しかしそのころサブカルチャーだったものは、
ほとんどすべて市民権を得てしまった。

『11PM』といえば大橋巨泉を世に出した番組だ。

自信過剰で偉そうなことばかり言う男だったが、
巨泉というへんてこりんな芸名は、
じつは10代のころからの俳号だという。

早稲田大学俳句研究会のメンバーだ。


  浴衣着ていくさの記憶うするるか

  恋失ひ歩めばバッタ跳びつきぬ

  花冷えや学問をする灯をともす (以上、早大俳研句集「稲城」)


加藤楸邨の「野太い人間臭と抒情性」に惹かれて、
「寒雷」に投句したり楸邨宅の句会にも参加したというが、
掲句を見る限りでは、はっきり言って駄句ばかりだ。

ああいう自信満々の男がこういう駄句しか作れなかったと思うと、
同じく、未だ駄句しか作れない身としてはホッとする。
というか、うれしい(爆)

同じ時代に早稲田にいた寺山修司は、
15歳で俳句を作り始め、20歳になる前に俳句を捨てた。

そう彼自身が言っている。
まるでランボーのようだ。

俳人としては未完であったと多くの人が言っている。
けれど俳句が文学であること、詩であることを、
ここまで明確に打ち出した俳人がどれほどいただろうか。

俳句がけして老人の玩具ではないことを永遠に証明し続ける修司俳句。
彼がいなければ私は俳句を作ろうとは思わなかっただろう。

同じく早稲田大学俳句研究会のメンバーだった大橋巨泉は、
この寺山修司の才能を目の当たりにし、俳句を捨てたという。




 寺山修司句集「花粉航海」から31句


軒燕古書売りし日は海へ行く


花売車どこへ押せども母貧し


文芸は遠し山焼く火に育ち


便所より青空見えて啄木忌


車輪縫う地のたんぽぽに頬つけて


方言かなし菫に語り及ぶとき


たんぽぽは地の糧詩人は不遇でよし


わが夏帽どこまで転べども故郷


目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹


ラグビーの頬傷ほてる海みては


父と呼びたき番人が棲む林檎園


他郷にてのびし髭剃る桜桃忌


父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し


春の怒涛十八番目がわれを呼び


十五歳抱かれて花粉吹き散らす


表札や滅びいそぎて鰯雲


みなしごとなるや数理の鷹とばし


いもうとを蟹座の星の下に撲つ


大落暉わが愚者の船まなうらに


テレビに映る無人飛行機父なき冬


電球に蛾を閉じこめし五月かな


かくれんぼ三つかぞえて冬となる


母の蛍捨てにゆく顔照らされて


枯野ゆく棺のわれふと目ざめずや


ランボーを五行とびこす恋猫や


眼帯に死蝶かくして山河越ゆ


法医学・櫻・暗黒・父・自涜


森で逢びき正方形の夏の蝶


月蝕待つみずから遺失物となり


鏡台にうつる母ごと売る秋や


父ありき書物のなかに春を閉ぢ





 
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by leilan | 2005-11-07 09:01 | 俳句
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