『秀句鑑賞』 

 湯豆腐やいのちのはてのうすあかり  久保田万太郎


冬はやはり湯豆腐である。
ぐつぐつ煮えた湯豆腐をはさんで、
人と人とが生きることを語り合う。

まさに「いのちのはてのうすあかり」である。
死んでしまえばすべておしまい。
語り合えるのも生きているからこそである。

愛人、赤坂の芸者一子が急逝して十日目の会の席上での句。
人間の深いいのちにふれた、巧妙な一句である。

(湯豆腐・冬)
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by leilan | 2005-11-13 16:55 | 秀句鑑賞
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