『俳句』  ショール掛けさらりふざけてゆきにけり

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          ショール掛けさらりふざけてゆきにけり  麗蘭





その昔、ある放送作家が、
番組の収録で女子修道院の中に入った。
(これ、日本での話です)

もちろん、男が足を踏み入れるのははじめて。

その取材で、
応対してくれた可愛い修道女に、
彼は一目惚れした。

すぐデートに誘い出し、
つきあいを重ねるうち"わけありの仲"になり、
結婚を申し込んだ。

ところが、常人のようなにはいかない。

カトリックの修道女になるとき祝別式というものがある。
彼女らはキリストの妻として一生、
他の男に身をまかせない誓いを立てる。
この誓いを破棄して還俗しないといけないわけだ。

キリストの代理人はローマ法王だから、
彼女は法王の妻なのだ(ここらへん不正確だが、ま、本人談)
修道院を抜けるためにはローマ法王にお伺いをたて、
"離婚届"を貰う必要がある。
 
昔は一度誓いを立てるとめったなことでは抜けられなかった。
ところが、現在ではそんなこともなくなり、
形式さえきちんとすれば案外簡単に還俗も認められるらしい。

やがて送られてきたその書状には、
法王直筆のサインがしたためられていたという。

「いやー、
ヨハネ・パウロ二世直筆の三行半(みくだりはん)を持っている男というのも、
日本じゃボクだけでしょう」

と彼は自慢していた。

結婚して一番驚いたことは、
てっきり年下だと思っていた彼女が、
自分より七つも上だとわかったことだったそうな。

女ばかりで隔離された環境にいると、あまり老けないものなのか?


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


  蔵のうちにはるかくれ行ころもがへ  樋口一葉

なんと飄逸にして寂しき句であることよ。

それにしても、財務省の役人はなぜ一葉を新札にしたのか。

名作はいくつか残しても、
哀れな貧しい生活を続け夭折した、
一葉の顔を刷りこんだお札なんか、
徒(あだ)やおろそかに使えません。

これは、うちの母の弁。
当然、おっかさんの財布の紐は固く締まる。

といいのだが、
高島屋が好きで(笑)

「我れは何故に君の慕はしきかを知らず、
何故に君の恋しきかを知らねど、
一日は一日より多く、一時は一時より増りて、
我が心は君が胸のあたりへ引きつけらるゝやうにて・・・」(「やみ夜」)

この一節は、
一葉がまことの恋を知る女であったことをはっきりと示している。

もともと、歌を志した人で、
題詠にしばられて月並みな歌が多いとされているが、
恋の歌は秀歌が多い。

  いとゞしくつらかりぬべき別路(わかれじ)を
    あはぬ今よりしのばるゝ哉


  いかにせんおもふもつらし恋ふもうし
    さりとて人の忘られなくに


このような歌を半井桃水と一葉という関係の中においてみると、
どうして凡庸とはいえまい。

いかにつらくとも、好きな人がいないより、いた方がいい。

明治の東京、
わずか半径数キロの「ささやかなる天地」に生きた一葉。

瀬戸内寂聴が、エッセイ「一葉の謎」のなかで、
『たけくらべ』は処女でも書けるが、
『にごりえ』は男を知った女でないと書けるものではない・・・
と推測していた。

しかも、半井桃水ひとりが相手ではなく、
一葉には複数の男性と交渉があったという説。
 
その一葉が、
男を格付けしている。
そこでの桃水は、

学問ー並
顔ー兎
才能ー下
将来ー凶
性格ー不良
女ぐせー淫乱
結論ー毒

この「男格付け」を目の当りにしても、
あの、女に辛らつな永井荷風が、
一葉を褒め称えたであろうか?

夭折した不幸な女流作家という常識。

確かに一家を背負い、
頭痛や肩こりに悩まされながら働き、
病魔によって早く命を絶たれる、
恋はすべてみのらないなど、
彼女が実生活で不幸だったことは事実だ。

しかし、作家としてはどうだったのだろうか。
あれ以上生きていたら、
作家としてはもっと不幸だったのではなかろうか。

というのは、
まさに一葉の時代に言文一致の
文体改良運動が展開されていたからだ。

この結果、明治41年までには、
小説は100パーセント口語体になる。
さて、一葉が口語体の小説を書いたらどんなものが出来たか。

そう考えると、
作家としてはいい時に亡くなった。
こういう言い方が失礼ならば、
早死にしたことで、
彼女は負け戦をせずにすんだのではないか、
と言いかえてもいい。
    
代表作を書き上げてすぐ死ぬ。
これが小説家の理想だ。

小説家にとって最大の不幸は、
代表作を書き上げた後も、20年、30年と、
ながながと生きていかなければならないということ。

太宰も三島も、
その宿命を回避しようとして、
自分の名前にまだ充分余光の残っているうちに、
自分の生涯を自分で幕をおろしてしまった。

まあ、作家はそれでいいとして、
高齢化社会になり、
凡人がながながと生きていかなければならないことについて、
論考がほしいものだ。

今日、11月23日は樋口一葉の忌。


  雑貨屋のまだ点しをり一葉忌  角川照子

  肩に日が乗りて重たし一葉忌  草深昌子

  縫ひ上げて歯で切る糸や一葉忌  岩城のり子

  重き荷を持つことに慣れ一葉忌  足立 とみ

  廻されて電球ともる一葉忌  鷹羽狩行

  日本語の乙張(めりはり)しんと一葉忌  川崎展宏

  あらひたる障子たてかけ一葉忌  久保田万太郎

  石蹴りの子に道きくや一葉忌  久保田万太郎



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         ティッシュペーパーを引っ張るのが好きやねん♪
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by leilan | 2005-11-23 19:10 | 俳句
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