『俳句』  天鵞絨におとがひ埋づめ憂国忌

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            天鵞絨におとがひ埋づめ憂国忌  麗蘭 






二十五日、毎日新聞から電話があり、

「知っていますか」
「えっ?」
「三島が自衛隊になぐりこみました」
「自衛隊に?」
「とにかくTV観て下さい」

TVをつけると、
バルコニーでさけぶ三島の姿、
すぐ丸谷に電話をかけた。

「はーい、丸谷です」
「野坂ですけど」
「あ、君かァ」

まだ知らない、

「TV観て下さい」
「TV? 君、歌でも唄っているのかい?」
「三島さんが、自衛隊になぐりこんだそうで、今、TVでやっています」
「後で電話する」

十二月半ば、
丸谷から葉書が来て、狂歌、

  年の瀬を横に斜めにタテの会
      何か/に/つけて心せわしき

丸谷も三島の蟹嫌いは知っていたらしい。
「あれ以後、筆が進んで――」


  ――野坂昭如 『文壇』




文壇
野坂 昭如 / 文藝春秋
ISBN : 4167119137



生き残ってみせる。
しがみついてやる。

虎視眈々と「文壇」の末席に連なることを夢見たあの日、あのころ。

戦後文壇の表と裏を、
極私的にたどる野坂昭如・灼熱のメモワール。

1961年から1970年まで、
色川武大の中公新人賞受賞パーティから三島由紀夫の死まで、
CM作詞家から黄色ページの雑文書きを経て直木賞受賞まで、
著者の30代が描かれる。

「一晩、二ステージ十万で、
九州から盛岡、秋田のキャバレーを、
コシノ・ジュンコデザインの衣装で、経めぐり、
どこでも入り口に、
『歌う直木賞作家来る』の看板。
持ち唄は二曲、・・・」

それは自ら作詞したこんな歌だったはず。

  男と女の間には 深くて暗い河がある
  誰も渡れぬ河なれど エンヤコラ今夜も舟を出す

――黒の舟歌


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♪ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか


シャンソン歌手になりたくて、
早稲田の仏文に入っただけあって、
かつての歌手名はクロード野坂(笑)
独特のダンディズムを持った唄世界には定評があった。


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マリリンモンローノーリターン!

これを、うちの弟は、
「マリリンモンロー脳足りん」
と歌っていた(笑)

幼稚園くらいのときだから英語が判っていない。

野坂が恐山に行ったとき、
イタコにマリリンモンローの霊を呼び出してくれと頼んだ。

すると、青森弁のモンローが出てきたという。
いい話だ。

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1970年11月25日は寒い日だった。
昼、市ヶ谷はヘリコプターが飛んで、
騒然としていた。
今も、あの轟音が耳に残っている。

それにしても、あの頃は、おもしろい人が一杯いた。
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by leilan | 2005-11-25 05:10 | 俳句
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