『秀句鑑賞』

 ダンサーになろか凍夜の駅間歩く  鈴木しづ子


戦後の俳壇にすい星のように登場して、
すい星のように姿を消してしまった「幻の女流俳人」がいる。

鈴木しづ子。

  
  夏みかん酸っぱしいまさら純潔など


「娼婦俳人」「情痴俳句」とも呼ばれる。

流転に次ぐ流転の人生であった。

女学校を卒業し、設計事務所に勤務。
俳句同好会に誘われ、婚約者になる男と会う。
結婚十日で、夫は召集され、戦地で亡くなる。

岐阜の米軍基地の町に流れ、
ダンサーとして働くが、句作は続けた。
黒人兵との恋もあった。


  まぐはひのしづかなる雨ゐとりまく


大正八年六月九日、東京・神田に生まれた。
父は熊谷組に勤める普通のサラリーマン家庭であった。

基地の町ではダンサーの後、基地のタイピストになった。


  タイプ打って必死の夏を過ごしけり


その通勤途中、子どもたちと仲良くなり、
宿題をみたり、遊んだりした。


  雪の日の弁論大会少年好し


しづ子の落ち着いた生活と心境がよく伝わる。
この間、故郷の愛知県犬山の寺に母の墓も建てている。

第二句集「指環」を刊行。
その出版記念会のため昭和二十七年三月、しづ子は上京した。
この日を最後に消息を絶つ。

基地の町を引き払い、北海道に渡り、函館から小樽に。
ここで北海道の句誌に、
群木鮎子のペンネームで投句、何回か掲載された。
ところが、この句が作風が 似ていることから、
しづ子の作ではないか、といわれ始めた。

投句はピタリ止んだ。

このあと消息は絶える。
米国に渡ったとも考えられるが、
ナゾのままである。

(凍夜・冬)
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by leilan | 2005-12-10 16:14 | 秀句鑑賞
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