『俳句』  蒲団からミッシェル・フーコー禿頭

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            蒲団からミッシェル・フーコー禿頭  麗蘭

           




【日経コラムから】 

    扶桑レクセル代表 安倍徹夫

 高校三年になった昭和三十七年の春、
 札幌から東京の高校へ転校した。
 単身上京して見つけたのは高田馬場の三畳で
 家賃二千円のボロアパート。
 住人の大半が早稲田の学生か予備校生だった。
 大家さんや商店街の人たちに親切にしてもらい、
 故郷を離れ、右も左も分からない高校生には、
 人の優しさが骨身にしみた。

 隣の部屋には佐藤嘉彦さんという大阪出身の予備校生がいた。
 毎日深夜まで勉強する努力家で、模擬テストはいつも上位。
 共同トイレの壁に歴史の年表などを貼り、
 トイレの中からも大阪訛の読誦が聞こえ皆の人気者だった。

 心の温かい人で、夏休みに帰省するとき、
 上野駅まで見送りに来て餞別をくれた。
 紙袋の中は十円玉などの小銭で五百円ほど入っていた。
 それが有り金のほとんどだった。

 佐藤さんの夢は「早稲田で演劇を学び、役者になる」ことだった。
 だが不況の時で、年の暮れにお父さんが家業を継ぐよう説得に来た。
 その夜、受験を断念した彼が号泣する声が薄い壁を通して聞こえた。

 二年後、佐藤さんは再び上京、林家三平師匠に弟子入りした。

 その後、林家パー子さんという素敵な女性と結婚し、
 今は林家ペーという芸名でテレビで活躍している。
 先日電話があり、年末に四十一年ぶりの再会を約束した。



昨年だったか、
ハレクラニホテルで日経を読んでいたら、
コラムに林家ペーのエピソードが載っていて、
これが実にイイ話なので、そこのところだけ貰って来た。

そのコラムのことはすっかり忘れていたが、
今夜、探し物をしていたら、記事がひょっこり出て来て、
読んでみたら、やっぱりイイ話だった。

有名人の誕生日を憶えてるの、あれはスゴイよ!
パー子と意味もなく写真撮るのもファニー
イグ・ノーベル賞候補、ダメ?
メモリー賞とか新設して。

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by leilan | 2005-12-15 22:26 | 俳句
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