『俳句』  新春十句 どこまで続くぬかるみぞ・・・

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    繭玉の垂れてかすめる眉間かな


    初弥撒やパーマン2号飛んでゆく


    移民二世いま百歳の手鞠唄


    初風呂やヘアピン置かれ洗面台


    素っぴんでトーストかじる三日かな


    乳房吸ふいとほしき背に初明り


    初暦まるまる睫毛パーマかな


    弾初やうなじ並んで連弾す


    買初のレシート裏に一句かな


    初夢の男ささやく嘘始め


    



いまラジオから、
ビートルズの「抱きしめたい」が流れている。

この曲を聴くと思い出すのはなぜか、
東京オリンピック、そして叔父のことだ。

父のいちばん下の弟は、私と12歳しか違わない。
だから、もの心ついたとき叔父はまだ中学生だった。

家族は皆、叔父のことを「よっちゃん」と呼んでいたが、
私だけはよっちゃんを「先輩」と呼んでいた。
よっちゃんが「そう呼べ」と言うのだ。
叔父というより、年の離れた兄という感じだった。

先輩の中学はAZABUだから、そこそこは優秀だったのだろうが、
学校でタバコを吸っていたのが見つかって、
父兄が呼び出しをくらうことになった。

ところが、先輩の母親である私の祖母は明治一代女だ。
さすがの先輩も祖母に言うのはビビったのだろう。
義理の姉である私の母に、そっと打ち明けたそうだ。

母が赤ん坊の私をおぶって学校に出向くと、
担任の先生は紙袋の中から一冊の本を取り出し、
「実は、授業中にこんなものを読んでいましてね」
と、苦笑いされたそうだ。

そこには当時のベストセラー、
謝国権の「性生活の知恵」があったという(笑)

先輩は洋楽の類が好きだった。
ビートルズもローリング・ストーンズも先輩がよく聴いていた。

当時、ビートルズのシングル盤はキャピトルレコードの赤い盤のやつで、
レーベルは紺に金文字で書かれていた。

「抱きしめたい」が流行ったのは、東京オリンピックの頃。
I wanna hold your hand のリフレインを、
「あわのほうゆうへい」と聴き覚えていて、
先輩にねだるときは、
「あわのほうゆうへい、かけて~」と言っていた。
まだ小学校2年生だった。

今も、この「抱きしめたい」を聴くと、
「あわのほうゆうへいええええ~」
と脳裏に平仮名が浮かび、
その彼方を、エチオピアのアベベが裸足で駆けてゆく。


    
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by leilan | 2006-01-05 20:03 | 俳句
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