『秀句鑑賞』

 セーターにもぐり出られぬかもしれぬ  池田澄子


わかるなぁ、この感じ(笑)

私は根が「おっかながり」なので、毎回こんな不安がある。
子供のころは特にこんなふうで、セーターを着るのが億劫だった。
脱ぐときも、また一騒ぎ。

セーターに頭を入れると、本能的に目を閉じる。
真っ暗やみのなかで、一瞬もがくことになるから、
余計にストレスを感じることになるのだろう。

取るに足らないストレスかもしれないが、
こうやって句を目の前に突きつけられてみると、
人間の哀れさと滑稽さ加減が身にしみる。

頭から被って着る衣服は今も苦手。

池田澄子の俳句には、
こうした俳句的発見が随所にちりばめられていて実に興味深い。

 泉あり子にピカドンを説明す

この句など、アナグラムで「泉ピン子」が内在しているのだが、
それは単に私だけがそう思っているだけで、
戦争体験者としての思いが込められた一句である。

この方の句を見つけると、
うれしくてノートに書きとめてしまうほど、好きな俳人の一人。

(セーター・冬)
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by leilan | 2006-01-30 14:10 | 秀句鑑賞
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バッカスの神さまに愛されたい
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