両陛下が被災地入り・・・平成のイノベーション
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天皇の一挙手一投足、とくに皇居の外に出られるときは事前に十分検討され、リハーサルが行われるという話を、マスコミ関係者から伺ったことがある。そうした事情もあるのだろう。貴顕の旅行がどこかよそゆきになるのは、どうしても避けがたい。

しかし、平成3年、雲仙・普賢岳の噴火で家を追われた人々が、学校の講堂か公民館のようなところに避難していて、見舞いに行かれた天皇・皇后両陛下の姿がテレビに映った。入り口に立った両陛下は、お二人とも笑顔だった。「まあまあ、大変なことになりましたねぇ」といった顔で入って来られ、いきなり板の間に膝をついて避難民と対座された。

これには驚いた。先帝の時代に人間宣言されたとは申せ、天皇と国民の間には、戦後も物理的な「高さ」が存在していた。わたしは一瞬にして、ああこれが平成だなあと思った。戦後とは言え昭和に生まれ、昭和を生きて来た者の一つの感慨であった。

天皇陛下を仰ぐ・・・この感覚は、教育勅語を諳んじた世代の親や祖父母から刷り込まれた習性なのだろう。かつては神であった人に戦後になって加わった新たな悲劇の影は、国民の側から見るとき天皇をいやがうえにも高い、距離のある人にした。

平成の天皇・皇后両陛下の雲仙御慰問は、そういう「昭和の常識」を一挙に変えた。いかに宮内庁官僚でも「陛下、ここで板の間に膝を」とまでは演出しなかったことだろう。わたしの目にそれは明仁天皇の意思表示と映った。

世間はよく「もっと開かれた皇室を」と言うが、無意味な注文だと感ずる。人気取りを狙って気楽に外出したりテレビに出演しても、そんなのは上っ面の奉仕に過ぎない。もっと大切なことは無私の心と一旦緩急あれば国民のために全存在をなげうって尽くす覚悟だろう。
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by leilan | 2004-11-06 11:14
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バッカスの神さまに愛されたい
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