2004年 11月 06日 ( 3 )

バグダッドとファルージャからのメール
バグダッドとファルージャからのメール

志葉氏がブログで紹介くださった<バグダッドとファルージャからのメール>を掲載します。

わたしのブログを読んでくださっているハワイの年若い友人たちへ。恋やショッピングそして旅行、興味の惹かれるものをたくさんお楽しみなさい。若い時間は瞬く間に過ぎてゆきます。きょうという日を精一杯あなたらしくお生きなさい。

そして、ときには平和のありがたさを噛みしめてください。いまイラクで激しい戦闘が繰り広げられていることについて、30分でいい、思いを馳せてください。

戦争を考えることなしに、いったい人はどうして平和を考えることができましょう。
[PR]
by leilan | 2004-11-06 14:45

俳句  をちこちに灯火揺れて水の秋
     をちこちに灯火揺れて水の秋

日本語の歌を聴いて感ずること・・・それは言葉のアクセントである。

たとえば、<猫踏んじゃった>の<ねこ>は、<ね>の音が<こ>よりも高い。これが逆さになっていると、なんだか気持ちがわるい。

<春が来た>の<春>を<夏>に置き換えて歌ってみると、この感覚がよくわかる。

   ♪夏が来た 夏が来た どこに来た

どこか変な感じがする。しかし、<秋>だとおかしくない。つまり、四季のうち<春>と<秋>はアタマにアクセントがあり、<夏>と<冬>はオシリにアクセントがある。アクセントのある音の方が高くないとしっくり来ないのだ。

このごろのロック・ポップス系の歌詞が、なにを言っているのかよくわからないと言われる原因の一つに、このことがあるかもしれない。
[PR]
by leilan | 2004-11-06 11:53

両陛下が被災地入り・・・平成のイノベーション
Excite エキサイト : 社会ニュース

天皇の一挙手一投足、とくに皇居の外に出られるときは事前に十分検討され、リハーサルが行われるという話を、マスコミ関係者から伺ったことがある。そうした事情もあるのだろう。貴顕の旅行がどこかよそゆきになるのは、どうしても避けがたい。

しかし、平成3年、雲仙・普賢岳の噴火で家を追われた人々が、学校の講堂か公民館のようなところに避難していて、見舞いに行かれた天皇・皇后両陛下の姿がテレビに映った。入り口に立った両陛下は、お二人とも笑顔だった。「まあまあ、大変なことになりましたねぇ」といった顔で入って来られ、いきなり板の間に膝をついて避難民と対座された。

これには驚いた。先帝の時代に人間宣言されたとは申せ、天皇と国民の間には、戦後も物理的な「高さ」が存在していた。わたしは一瞬にして、ああこれが平成だなあと思った。戦後とは言え昭和に生まれ、昭和を生きて来た者の一つの感慨であった。

天皇陛下を仰ぐ・・・この感覚は、教育勅語を諳んじた世代の親や祖父母から刷り込まれた習性なのだろう。かつては神であった人に戦後になって加わった新たな悲劇の影は、国民の側から見るとき天皇をいやがうえにも高い、距離のある人にした。

平成の天皇・皇后両陛下の雲仙御慰問は、そういう「昭和の常識」を一挙に変えた。いかに宮内庁官僚でも「陛下、ここで板の間に膝を」とまでは演出しなかったことだろう。わたしの目にそれは明仁天皇の意思表示と映った。

世間はよく「もっと開かれた皇室を」と言うが、無意味な注文だと感ずる。人気取りを狙って気楽に外出したりテレビに出演しても、そんなのは上っ面の奉仕に過ぎない。もっと大切なことは無私の心と一旦緩急あれば国民のために全存在をなげうって尽くす覚悟だろう。
[PR]
by leilan | 2004-11-06 11:14


バッカスの神さまに愛されたい
カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧