2004年 11月 23日 ( 3 )

◇◆われらの内なる天皇とは
靖国参拝を直接批判「日中の障害」と中止要求、
という見出しの↓この記事。

Excite エキサイト : 国際ニュース

勝谷さんという方(この人の著作物はまだ読んだことがない)が、

>大日本帝国において頂点というのは上御一人をおいてない。
>胡錦濤は昭和天皇を独裁者というのか。

と、氏の日記に書いておられる。
この人は、天皇のことになると、どうもエキセントリックに筆が走る。
知人から勧められて、たまに氏の日記を読むのだが、
頭に血が昇って、脳の血管がパンパンの論調を展開する。
たまに、いいことも書いているので、惜しいなとつくづく思うのだ。

ここ数年、靖国のことになると、
冷静になれない人たちがずいぶん増えたものだ。
わたしが日本にいた頃は、こんなじゃなかったと思うが。

歴史は避けて通れないというのは事実。

日本人というのは歴史好きが多くて、
司馬遼太郎の作品など、実によく読まれている。
ところが、日本人ほど歴史感覚がない民族もない、と思う。

歴史感覚がないから、
昨日のことをきれいさっぱり水に流して、
新しい価値観をすぐ取り入れられる。
明治しかり、一億総懺悔しかり。

ところが、グローバリゼーションの時代になると、
日本人のこうした感覚はいささか問題を帯びてくる。

世界がみんなそれぞれの歴史をひきずっている。
日本人はもう少し、昨日の次は今日で、
今日の次は明日だということを、
そもそもこの世に極端な断絶などあり得ないんだ、
ということに思いを馳せるべきだろう。

中国とのイシュー(争点)の前に、
靖国をめぐる歴史とその背景について、
自分なりに考えてみることが大切なのではないか。

薩長の維新政府がつくった、
近代の天皇制というある種化け物に、
冷静に立ち向かう必要があると考える。

(天皇を化け物と言っているのではないから誤解しないように)

この化け物は、一度はアメリカに屈したが、
わたしの、あなたの内なる天皇について、
いま一度、考えてみるべきだろう。
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by leilan | 2004-11-23 20:46

◇◆俳句  小春日や一兵の死に身を細め
        小春日や一兵の死に身を細め

新聞の俳句欄はなかなか面白い。
全国から集まったものの中から選ばれるだけあって、
ハッと思うような傑作がある。

自分がつくろうと思って、
どうしても出来なかったものが、
実に巧みに詠まれていて、
「なるほど俳句は、こういう風に詠むのか」
と、教えられたりするわけだ。

また自分のねらった対象を、
より巧みにまとめた句に出会ったときの親しみや、
自分などとうてい思いも及ばぬ発想にぶつかって、
ハッと息をのむ驚きなどが、
一つ一つ、
血となり、肉となる。

同時に、俳諧精神の伝統が、いかに日本に根づよく、
津々浦々ひそんでいるかを物語るものであって、
たのもしく、力づよい感動を受ける。

俳壇では、
自分で自分を専門俳人とよぶ人を見かけるが、
およそこれほど滑稽なことはない。
プロとかアマとか、
それは作品が決めることであって、
自分では決めることではあるまい。

しいて専門俳人といえる人をあげるなら、
加藤楸邨とか、ごく少数の、
この一筋に、生命をかけた人たちだけだろう。

作家の吉村昭氏が、
大学時代に毎日遅刻して、
教壇の教授に一枚紙切れを差し出した。
見ると、

  今日もまた桜の中を遅刻かな

とあったそうだ。

これこそ俳諧というべきだろう。
このユーモアも、
真に人間の哀しみを知るものだけにうまれるユーモアなのである。
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by leilan | 2004-11-23 19:41

◇◆逆縁・・・わが子を失う哀しみ
幼い子が殺される事件ほど辛いものはない。

怖かったでしょうに、苦しかったでしょうに・・・
どんな言葉を書き連ねても、ただただ空しく、やりきれない。

同時に、わが子を失った親の哀しみ。
こんなにもむごい形でわが子を失うとは、
親御さんにとっては生き地獄だ。
この世の不幸で、もっとも哀しいことは逆縁だと思う。

シャボン玉の歌が苦手だ。
幼子を亡くした野口雨情の哀感が偲ばれて、
つらくなってしまう。

雨情は、シャボン玉の歌を、
「弾むような、楽しい歌に作って欲しい」
と言って、中山晋平に作曲を依頼したという。

「うまれてすぐに こわれてきえた」わが子の姿を、
弾むように楽しく歌う子供たちにだぶらせたかった・・・
わたしにはそんな気がしてならない。

だめだ。
ここまで書いてきて、もう、鼻の奥がツーンとなってしまった。

伯母のところの次男坊、
俊郎さんが亡くなったのは、わたしが小学5年のときだった。
オートバイの事故だった。
俊郎兄さんは機械をいじるのが好きで、
大学には進まず、修理工となった。
そのことでは父親と大いに揉めた。

俊郎兄さんがオートバイ事故で即死の知らせを受けたとき、
わたしは、畳をかきむしってオイオイ泣いた。
人の死はこんなに哀しいものかと。
俊郎兄さんには思い出がいっぱいあった。
夏になると、キャンプに連れていってくれたし、
自転車の乗り方も教えてくれた。

伯母は・・・
「俊郎、俊郎・・・どうして返事してくれないの、どうして」
と、亡き骸に話しかけていた。
そして、その夜、
伯母は俊郎兄さんに添い寝して一晩すごした、という。

俊郎兄さんが伯母の実子でなかったことを知ったのは、
それから何年も経ってからだった。
伯父さんがよその女の人に産ませた子を、
赤ん坊のうちに引き取って伯母が育てたのだという。

ちっとも知らなかった。

俊郎さんは、お兄さんの逸郎さんともよく似ていたし、
たぶん、本人も知らなかったんじゃないかと思う。

月命日になると伯母は、
「俊郎が好きだったから」
と、いつもお赤飯を炊いて仏前に供えていた。
うちにもよく届けてくれた。

夫が外の女性に子を宿したと知ったときは、
伯母もずいぶんと苦しんだことだろうに。
それでも、伯母にとっては大事なわが子だった。

 シャボン玉 きえた
 とばずに きえた
 うまれて すぐに
 こわれて きえた

 風 風 ふくな
 シャボン玉 とばそ

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by leilan | 2004-11-23 18:44


バッカスの神さまに愛されたい
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