2004年 11月 28日 ( 2 )

◇◆京都、一休寺の紅葉
紅葉のこの時期、帰国できない皆の衆に、

  ★謎のみかん星人さま★

   から紅葉の贈り物です。


ご覧↓あそばせ。

一休寺(曇り時々晴れ 13時半〜16時)

俳句の秋の季語に「紅葉かつ散る」というのがある。
季語は一般に「照紅葉」とか「黄落」といった名詞なので、
これは珍しい季語。詠むとけっこう難しい。

   紅葉かつ散る島原の大まがき

   紅葉かつ散る銀行の曲がり角

   回廊に紅葉かつ散る旅鞄

わたしが詠むとせいぜいこんな程度なのだが、
秋元不死男のこの句は味わい深い。

   紅葉かつ散る遠妻に鐘を二打 <不死男>

虚子はこんな風に詠んでいるが、案外つまらない。

   一枚の紅葉かつ散る静けさよ <虚子>
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by leilan | 2004-11-28 10:00

◇◆俳句  侘助の一輪むかし遊女町

侘助の一輪むかし遊女町

水の音吸ひ込んで凍つナイアガラ

熱燗や夢見る頃のとうに過ぎ

断腸亭住みゐし町の花八つ手

散紅葉くれなゐをもて送る葬


むかし文藝春秋に、
「読んでなきゃならない本で、読んでない本」というアンケートがあった。
吉行淳之介はこれに「源氏物語・聖書・マルクス資本論」を挙げていて、
なるほどな、と思った記憶がある。

読んでなきゃならないかどうかは判らないが、
司馬遼太郎の本をあまり読んでいない。
歴史を小説仕立てにしたものが苦手なのだ。
むしろ歴史は論文形式で淡々と記してあるものが好ましい。

下手の横好きで俳句をつくっているわりに、
高浜虚子の句集を読んでいない。
虚子の句は至るところで目にするせいもあるが、
どちらかと言えば久保田万太郎や加藤楸邨の句が好きなせいもある。
文学的土壌が強い作家の句に惹かれるのかもしれない。
とは申せ、わたしの句などまだまだへなちょこで、
俳句なんて呼べるのかな。

夏目漱石の「我輩は猫である」を読んでいない。
二松学舎大学に社会人向けの夏期講座があって、
ある年、夏目漱石を取上げるというので、
真夏の二週間ばかり九段に通ったことがあった。
ま、歩いていけるし、漱石自体に非常に興味があった。
わたしは昔から、鴎外より漱石で、
鴎外なんてどこが面白いんだろうと未だ思っている。
(高瀬舟、あれはすばらしいと思うが、鴎外の傑作は娘の茉莉だ)
それなのに、我輩は猫だけは読んでいないのだ。
時期を逸してしまったという感じ。
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by leilan | 2004-11-28 09:16


バッカスの神さまに愛されたい
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