2005年 02月 13日 ( 1 )

俳句  猫なでてゐる梅林の夕まぐれ
春浅しふいに再婚告げられる

猫なでてゐる梅林の夕まぐれ

人の死にささやくばかり春時雨


深夜、三日ぶりにテレビをつけた。
ロバート・デ・ニーロの<レイジング・ブル>が観たかった。

この映画は男向けに作られたものだと思うが、
好きで、何度も何度も観てきた一本だ。

オープニングが美しい。
モノクロ、そのスモークの中、
ウォーミングアップのシャドウボクシングをする
デ・ニーロのスローモーション。

そこに流れる、カヴァレリア・ルスティカーナ。

筋がわかっているので、
すでに、このオープニングで舞うデ・ニーロに泣けてしまう。
男は哀しい生き物だ。

頂点を極めた伝説のボクサー、
ジェイク・ラモッタの病める猜疑心と嫉妬が、
美貌の妻と、ジェイクを心底思う弟へ向かう。

リングの上で闘う男の狂気にかられた目の異様さ、
顔面を攻撃するグラブに汗と血が飛び散る迫力、
そこにカメラのフラッシュが炸裂する何とも言えぬ不安定感。

王座を死守することに汲々とする刹那と、
その一方で妻と弟に向けられる抑えきれぬ暴力。

アメリカを熱狂させた伝説のボクサーのもとを、
こうして、妻と弟が去ってゆく。

かつてのチャンピオンが零落れて、
場末のナイトクラブの芸人になる。

ひとりになってしまったデ・ニーロが壁を叩きながら叫ぶ、
Why? Why? Why? Why? Why?・・・が哀しい。

この映画をはじめて観たのは24歳のときだったが、
歳を取れば取るほど、胸に沁みてくるものが深くなる。

男のどうしようもない不器用さが、いとおしい。

デ・ニーロの演じるジェイク・ラモッタほどではないにしろ、
男には一様に、どこか生き辛い不器用さみたいなものがあって、
それを、時に男自身が持て余してしまっている(と感じることがある)

わたしのような中年女は、
そんなとき、黙って背中を撫でてやりたいと思ったりするのだ。
歳を取るということは、それが判るということだろう。


久しぶりに、日本のニュースを眺めていたら、
ライブドアのM&Aが話題になっていた。

ネット企業によるメディアの買収攻勢はアメリカで幾つか例があるが、
思い出されるのは、AOLのスティーブ・ケーシーが、
タイム・ワーナーを買収した一件だ。

その後、この合併企業のトップからスティーブ・ケーシーは消えた。
たぶん、AOLが調達できなかったのは人材である。
AOLとタイムワーナーで何がいちばん違ったか。
それは、コンテンツを作る人材だった。

アメリカでは、ネット企業の既存メディアの買収は、
どれも成功していない。

わたしは、ホリエモンという人物のことに詳しくないが、
彼は、コンテンツが欲しいのだろう。
これは人が作るんだよね。
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by leilan | 2005-02-13 21:28


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