2005年 09月 14日 ( 1 )

『俳句』  狂ほしさ秘めしままにて曼珠沙華

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          狂ほしさ秘めしままにて曼珠沙華  麗蘭







ここ数年、日本でも「デイサービス」という言葉を聞くようになった。

デイサービスというのは、
介護を必要とする方が日帰りで週に何回か訪れ、
レクレーションをしたり会話を楽しんだり、
お風呂に入ったり食事を楽しんだりする施設だ。

家に閉じこもるよりも、
様々な人と接することで回復を促進させたり、
家族の負担を軽くすることが目的となっている。

確か今年に入って、
グループホームで職員によって老人が殺される事件があったため、
マスコミはすぐに介護現場のネガティブな状況ばかり伝えるが、
すべてがそうなのではなく、
お世話をする人たちも様々な経験を積みながら、
いろいろな知恵を身につけていっている。

いつだったか、ハワイのホテルに置いてあった朝日新聞を読んでいたら、
介護現場で働く人の教育がまるで追いついておらず、
そういう人に介護されるのはたまったものではない、
といった論調がなされていた。

しかし、こういうものは「教育」でなんとかするものではなく、
やはり少しずつ時間をかけて試行錯誤を重ねながら、
知恵を育んでいくものであろう。
そのプロセスのなかで、
双方が生き甲斐を見いだしていく。

昨日、ホノルルのカハラにある老人施設を訪れた。
7月末、老妻を喪った86歳になる日系二世の知人が
入居されたのだ。

毎週というわけにはいかなそうだが、
月に二度くらいは顔を出して話相手になろうと思う。

そこには、近くの幼稚園の園児が7、8人来て、
お年寄りの前で可愛い歌を披露していた。

子供達が来ると、雰囲気ががらりと変わる。
人々の表情も突然生き生きとしたものになる。
子供というのは本当に不思議な力を持っているのだなと、つくづく感心した。

子供によって生きる力を与えられる。
この感覚はいったい何だろうと思う。

「教育」すれば万事がよくなるのではなく、
子供が入ってきて突然空気が変わるように、
生きるうえで大切な何かを日頃私たちは見落としていて、
それを発見する努力がきっと大切なのだろう。

介護現場にしても、
相手の気持ちをわからなくてはいけないなどと、
頭で決めていくのではなく、
ちょっとしたリズムの変化で楽しくなったり、
生き甲斐になったりすることもあるのだろう。

ここの施設で興味深かったのは、
いいと思える新しいことを積極的にやっていく
その腹の据え方みたいなものだ。
まあ、アメリカということもあるのだが・・・。

リスクとか失敗を考えすぎて、
型にはまったやり方ばかり繰り返していると、
空気が沈滞し、気持が沈滞し、息苦しくなる。

今日のマスコミや有識者のように、
100のうち1つの失敗をひどく攻撃し、
失敗は予め予期できなかったのか、
事前準備は充分だったのか、
見通しが甘かったのではないか等々、
後からだと誰でも言えるようなことを並べ立てるが、
そうした風潮が人間を萎縮させて、
生命力を損なっているのではないだろうか。

新しくトライしないと、
失敗について攻撃される心配はないが、
確実に何かが衰退し、損なわれる。

ポジティブに積極的に何かをやれば、
失敗もするかもしれないが、
間違いなく空気は変わるわけで、
その空気によって、
わずかな失敗よりも遙かに救われることの方が多くなるだろうと思う。
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by leilan | 2005-09-14 06:01 | 俳句


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