2005年 09月 25日 ( 1 )

『俳句』  野良猫に嗅がれてをりぬ放屁虫(へこきむし)

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           野良猫に嗅がれてをりぬ放屁虫  麗蘭





♪どぉんな虫かは知らないけれど、だれもがみぃんな知っている・・・

そんな月光仮面みたいな虫に「ヘッピリムシ(放屁虫)」がある。
これは江戸時代からの古い俗称で、
「ヘコキムシ」「ヘフリムシ」ともいわれ、
紳士淑女も抵抗なく口にしているが、
考えてみればこんな下品な名の虫も珍しい。

b0048657_197929.jpg犬や鶏の放屁音ならたまに聞くことはあるが、
これが虫ケラとなると予想外の可笑しさが伴う。
この「放屁虫」は俳句では秋の季語で、
面白がって詠んでるのは圧倒的に男ども(笑)
女俳人はどうも避ける傾向がありますが、
個人的には超フェイヴァリットな季語です。


ドラえもんの迷場面にこんなのがあったっけ。
かくし芸大会にドラえもんのひみつ道具
「音楽ガス」を用意して臨むのび太。

「口を閉じたまま歌う」と称し、
放屁で「プップップ ハトプップ」を熱唱し続ける。
それを聞き、うっとりと瞳を閉じたまま
「ヘ長調 ね」
と、おっしゃるしずかちゃん(爆)

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ひもを使った手品をやろうとするのび太だが、
うまく行かずに体に絡まってしまう。

ドラえもんが話を聞くと、
友達と一緒に行う忘年会の時にかくし芸をする事になり、
スネ夫にバカにされたくないのでかくし芸の練習をしていたと言う。

そんなのび太にドラえもんは、
すごいかくし芸を教えると言って部屋を出る。

少し経ってから戻ってくると、
口をテープでふさいでいるのにドラえもんは歌を歌い始めた。
それもいつものドラえもんの声ではなく、爽やかな声。

ところがそれはドラえもんの持つ
「音楽イモ」を食べて10分待つと出てくるメロディーガス、
つまりおならを使ってのものだった。

下品なので嫌がるのび太だが、
他に何もないのでそれを行うことにする。

そして忘年会当日、
のび太のかくし芸の番になり、
部屋を出てイモを食べ始めるのび太。

しかしやってきたドラえもんは、
のび太がイモを全部食べてしまった事に仰天する。
食べ過ぎるとメロディーどころかガス爆発がおきると言うのだ。

帰ろうとする2人だが待ち伏せていたスネ夫に遮られ、
しかたなくガスを小出しにして歌を歌い始めるのび太。

のび太は苦しみながら何とかかくし芸を続けていくが、
次第に音に雑音が混じるようになり、
しかも部屋全体が匂うようになってきた。

元栓を締めるように言うドラえもんの助言も空しく、
とうとうのび太は我慢し切れなくなってしまい、
再び逃げだそうとしたのでジャイアンが押さえようとするが、
その時、ついにガス爆発が起きた。
その推進力で空を飛んでしまったのび太にドラえもんは
『おうい。うちは、こっちだよう。』
と話しかけるのだった。
 



二日間、PCを開ける間もなく暮らしていたら、
マーベラスなトラックバックがお出まし(笑)

不感症の女性へオーガズム快感ミラクルシークレットエクセレント

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これだと、
知らない人が見たら、
まるで私が不感症みたいに思うんじゃないか?

って、ここを覗いておられるみなさんは、
私が不感症か否かは誰もご存知ないわけですが・・・。
んなもん、どーでもよろし(笑)

オーガズムに達しない、性交痛がある、不感症、エッチが辛い。
そんな女性に最適なクリームが「ミラクルシークレット エクセレント」


らしい。


■ミラクルシークレット エクセレントの使用方法
1)『ミラクルシークレット』のチューブを開封し直接クリトリス部分に塗ります。(使用量に個人差はありますが、最初は1cm程度を目安にご使用ください)

2)クリトリス下部をゆるやかに指で撫で、円を描くようにマッサージします。

3)クリトリスを中心にマッサージをおこない、さらにその周辺もまんべんなく刺激することにより性的快感を増幅させ、オーガズムに至らせます。


あはは!
べつに『ミラクルシークレット』を塗らなくとも、
クリトリス下部をゆるやかにまんべんなく指で撫でれば、
普通の女はオーガズムに至ります(照)

不感症だと悩んでいる女性の大半は、
男性側の未熟さとでも言おうか、
女性の肉体を知らない男とばかり遍歴を重ねるゆえの不感症だろうと思う。

って、なんだかまた「おとなの時間」になってきてしまった(笑)

男と女が幾つになるまで睦みあうか、
それは個人差があるとは思うが、
50歳を目前にして死んだ岡本かの子は、
最後の、そしてもっとも完成度の高かった作品「老妓抄」の中で、

  年々にわが悲しみは深くして
    いよよ華やぐ命なりけり

と詠んでいる。

老妓が若い男のパトロンとなって、
自分の果たさなかった夢を、
男に果させようとするモティーフが面白くて、
よく出来た小説である。

老妓の園子は、
自分の息子のような電気技師を囲い、
男を飼いながら、
しょっちゅう男に逃げ出されては、
探し出してつれ戻してくる。

きれっぱしの情熱ではなく、
何かに全身全霊で立ち向かう男の姿を見たいというのが、
老妓の念願であるが、
そんな男がめったにいるものではない。

掲歌は、
何度目かにまた男に逃げ出された時の、
老妓の歌ということになっているが、
当時のかの子の心情を詠んだものといっていいだろう。

かの子は老妓の園子どころか、
夫の一平の外に二人の若い男を夫公認の許に同居させて、
自分の文学のこやしにした。
そのかの子が抱く悲しみとは、
自分の肉体や精神の衰えなどを指したものではないだろう。

生まれてきた以上、
受け入れるしかない老いも、
心の鈍磨もすべて含めて、
人間の存在そのものの不条理と世の中の矛盾を、
かの子は、
年々と深まるわが悲しみと捉えたものなのだろう。

しかし、
どうしようもない肉体の老いを裏切って、
匂い立ってくる自分の胸のうちの情念をどう扱えばよいのか、
そんなことを土曜日の朝、
ゆっくりと珈琲を飲みながら考えているのです。
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by leilan | 2005-09-25 10:01 | 俳句


バッカスの神さまに愛されたい