2006年 01月 07日 ( 2 )

『秀句鑑賞』

 姫始闇美しといひにけり  矢島渚男


「誰がいったのか?」

と思わず突っ込みたくなるが、
ほのかなエロティシズムが漂ってくる秀句である。

「姫始(ひめはじめ)」は一般的には、
新年最初の男女の交わりを指す季語と受け取られている。
だからだろう、ほとんどの歳時記には載せられていない。
どうも歳時記はストレートなセクシーを嫌う。

「姫」という以上は、もちろん男からの発想で、
女の側から詠めば「殿始」かと言えばそうではない。
女が閨を語るのは、はしたいないという発想なのだろう。

歳時記の季語解説を読んでみると、

正月二日。由来は諸説があるが、
一説に『飛馬始』の意で、乗馬始の日とする。
別説では火や水を使い始める『火水始』であるとする。
また男女交合の始めとする説もある。

妥当な説としては、『■■始』
(註・「■■」の文字はJISコード外なので、
パソコンに表記されない。「米」に「扁」と「米」に「索」で「ひめ」と読む)
つまり釜で炊いた柔らかい飯である姫飯(ひめいい)を
食べ始める日とする説が挙げられる。
強飯(こわめし)を食する祭りの期間が終わって、
日常の食事に復するのが姫飯始、
略して『姫始』となったと考えられる。

と歳時記は解説するが、
「姫飯始」より、男女の「姫始」の方が俳句には作りやすい。

ところが、「姫始」の句を作る女流俳人はめったにいないのだ。
男の季語として男にばかり詠ませるにはもったいない。
いい季語なのに。

それとも淋しい暮らしなのか?!

(姫始・新年)
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by leilan | 2006-01-07 08:15 | 秀句鑑賞

『俳句』  新春十句  ・・・うぶなあの日に帰れない

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    親不孝してきて恋し七日粥


    初夢のやさしき母語に目覚めけり


    ゆふぐれや誰ぞ忘れし独楽一つ


    人妻を見つむ獅子舞口あけて


    御降りの真っ只中を水買ひに


    パンのみに生くるにあらず福寿草


    歯固めの山田五十鈴と森光子


    初声や人の話を聞いてない


    小走りの母に負はれし破魔矢の子


    人日の茶柱すこしメランコリー




啄木の「ローマ字日記」を読了。
実にさわやかでない内容。

勤め先の朝日新聞で給料を前借して、
翌日から二週間も休んでしまったら、
そりゃ、信用もなくなるだろうよ。

私が3億円の宝くじに当って、
しかもタイムマシンを発明したら、
まず、明治時代に行って、
樋口一葉と石川節子にお金をあげて
生活を立て直させてやりたい、と、いつも思っている。

もちろん、啄木には直接、お金を渡さない。

                          
        
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by leilan | 2006-01-07 08:10 | 俳句


バッカスの神さまに愛されたい