2006年 01月 30日 ( 2 )

『俳句』  ジプシーの弾くヴァイオリン

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    一葉だにもたず咲き長け寒桜


    日向ぼここの世にかかる刻ありて


    遥かなる姦通罪も旧正も


    寒月や運河をわたる水の皺(しわ)


    春近し鬱捨てる日は海へゆく


    村の子は空手チョップでつらら折る


    雪しづか鏡にうつし理髪店


    電柱に冬日「ますらを派出婦会」


    風花はつかめぬ夢のごとく舞ふ


    「美少年」飲み田原坂冬うらら




寒月やジプシーの弾くヴァイオリン

今月も終ろうとしている。
風邪という絶不調ではじまったこの一月。

それにしても、よく俳句を作った。
数えてみたら、のべ21日にわたり毎日十句を完遂。
ここまで、己れを inspire できたものはなんだろうか。

このブログに集う人たちの中から、
自分も俳句を作ってみようという人が出てきた。
ところが、俳句というものは見るのと作るのとでは大違い。
最初は誰もがうまく作れない。

ボウルさん、たまごさん、六尺さん、しんいちろうさん、
もうみんなが唸り、歯噛みしながら俳句を作りはじめた。

私にも初心者の時代があったので、
彼等の苦しみが手に取るように判る。
長女的性格ゆえ、それが可哀想で見ていられない。

何事によらず、苦しんでいる人を見過ごすことができない性格だ。
私に子供がいたら、さぞや打たれ弱い子になっていただろう。

しかし、その苦心の一句を、私は容赦なく斬りつけた。
基本を身につけさせるのが私の役目だと思っていた。
本音を申せば、斬りつけたときは後味がわるかった。

コメント欄を拝見すると、
この四名は互いに励ましあっていて、
誰かが秀句を詠むと、それが発奮ともなるらしかった。

私は結社にも属さず、
在外邦人ということもあって句会に出ることもままならい。
独りで黙々と句作を続けてきたが、
彼等四人の遣り取りを拝見していて、
仲間がいることの大切さを改めて感じたりもした。

彼等の俳句のために自分は何をしてあげられるのか、
このお正月、風邪でぼんやりした頭で考えていた。
まずは、句作の参考になればと、
日々の俳句をアップしてみることにした。

去年までは、その日に作った俳句の中で、
いちばん気に入ったものをアップしてきたが、
本来なら捨ててしまうような俳句も、
今月は思い切って載せてみることにした。

このブログを見てくださるのは、
「占う女」の存在を知っている一部の友人と
コメントしてくださるブログのお仲間だが、
実はそのほかに名も知らぬ多くの方々がいらして、
その中に俳句の達人がいたりしたら恥ずかしいな、
そんなことを心配しながらの一ヶ月であった。

限られた時間での毎日十句であるから、
自宅のあちらこちらにメモ用紙を置いて、
シャワーを浴びながら一句、
お料理しながら一句、
果ては、夢の中でも俳句を作っていた。

 おお! いい句じゃないの!

と、夢の中で快哉を叫んでいたが、
でも、これは夢なんだよ、起きたら忘れているのだよ、
そう夢の中で思っているのだからクレイジーだ。

毎日十句はなるべく続けていきたいが、
来月から忙しくなる予定なので毎日は無理かもしれない。
アップできない日があったら、それはご勘弁ください。

さて、この「占う女」も画像容量がいっぱいいっぱいになってきた。
毎月些少のお金を払えば、このまま継続できるようだが、
ネット上に自分のクレジット・カード番号をさらすのが怖いので、
2月4日立春から、新しいブログを開設する予定。

この一ヶ月、駄句変句をお読みいただきまして、
大変ありがとうございました。



■1/31(火)、メンテナンスのためサービスを一時停止


だそうです。

2006年1月31日(火曜日)未明よりサーバーの緊急メンテナンスのため
エキサイトブログのサービスを一時停止いたします。
これにより、エキサイトブログにアクセスができなくなります。

期日:2006年1月31日(火曜日)
時間:1:00AM~10:00AM(最長9時間)
内容:サーバーのメンテナンス





    
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by leilan | 2006-01-30 14:15 | 俳句

『秀句鑑賞』

 セーターにもぐり出られぬかもしれぬ  池田澄子


わかるなぁ、この感じ(笑)

私は根が「おっかながり」なので、毎回こんな不安がある。
子供のころは特にこんなふうで、セーターを着るのが億劫だった。
脱ぐときも、また一騒ぎ。

セーターに頭を入れると、本能的に目を閉じる。
真っ暗やみのなかで、一瞬もがくことになるから、
余計にストレスを感じることになるのだろう。

取るに足らないストレスかもしれないが、
こうやって句を目の前に突きつけられてみると、
人間の哀れさと滑稽さ加減が身にしみる。

頭から被って着る衣服は今も苦手。

池田澄子の俳句には、
こうした俳句的発見が随所にちりばめられていて実に興味深い。

 泉あり子にピカドンを説明す

この句など、アナグラムで「泉ピン子」が内在しているのだが、
それは単に私だけがそう思っているだけで、
戦争体験者としての思いが込められた一句である。

この方の句を見つけると、
うれしくてノートに書きとめてしまうほど、好きな俳人の一人。

(セーター・冬)
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by leilan | 2006-01-30 14:10 | 秀句鑑賞


バッカスの神さまに愛されたい
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