カテゴリ:秀句鑑賞( 61 )

『秀句鑑賞』

 梟がふはりと闇を動かしぬ  米澤吾亦赤


梟(フクロウ)は夜行性の生き物の代表格だ。
多くの生き物が寝静まった夜に、梟は動き出す。
大きな目を光らせて、彼らは夜の世界を見つめる。

木にじっとしていて見えなかった梟が突然、羽ばたいた。
それを偶然見ていた米澤吾亦赤は、
梟の羽ばたきが闇を動かしたような錯覚に捕らわれ、鼓動を高めている。

昼に生活する動物は暗闇を恐れ、
その闇をつかさどる生き物をすら恐れてしまう。
別に夜の世界にだけ恐ろしいことがあるわけではないのに。

彼らはどうして闇の世界を選んだのだろう。
そして、梟はなぜ時計になっているのだろう。

(梟・冬)
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by leilan | 2006-02-03 15:39 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 冬終る封筒の中空色に  有馬朗人


つい先日、いただきものをしたときに、
真っ白な紙袋の中が鮮やかな空色だったことが、ちょっとうれしかった。

白い封筒は中も白、となんとなく思いこんでいる気持ちを、
ひらりとかわしてくれた。

私のお気に入りの、アメリカ『クレイン』社の封筒にも、
中が赤、青、緑、あるいはアンティークな花の絵などのものがある。
中に色がついていると、外に、少しその色が透けて見えるのがいい。

冬の印象はモノクロ、それも白が強い。
その白から、かすかに空色が透けて見えたのだ。
春が近いよ、そろそろ冬の終わりだよ、と。

(冬終る・冬)
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by leilan | 2006-02-02 15:13 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 あんぱんのあんを見て食ふ二月かな  阿部青鞋 


あんぱんをひとつ買った。
それを二つに割って、中のあんを確かめてから、
やをら口にほうりこんだ。

まだ寒い二月のこと。
舌にとろける甘みは、
なんとも言いようなく幸せに思える。

「あんぱん」と置き、続けて「あん」と重ねたところも面白い。

真ん中にへそのあるところが、
何とも郷愁があって、かつ日本的な感じがする。

(二月・春)
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by leilan | 2006-02-01 10:38 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 水仙や束ねし花のそむきあひ  中村汀女


日だまりの中、水仙がかたまって咲いている。

よくよく見ると不思議な花で、
茎がくいっと折れ曲がって横向きに咲いている。

切り花としても見かけるが、
それを束ねて持ったらたがいにそむきあったという、それだけの句。

だが、そのことを発見して、言葉で表現したところに詩が生まれたのだ。

「なんだ、それだけのことか」と思わせる自然な句が、
実は一番すごいのではないか、と思う。

普段、何気なく見過ごしているあらゆる瞬間に詩があるのだとしたら、とても楽しい。

(水仙・冬)
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by leilan | 2006-01-31 17:49 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 セーターにもぐり出られぬかもしれぬ  池田澄子


わかるなぁ、この感じ(笑)

私は根が「おっかながり」なので、毎回こんな不安がある。
子供のころは特にこんなふうで、セーターを着るのが億劫だった。
脱ぐときも、また一騒ぎ。

セーターに頭を入れると、本能的に目を閉じる。
真っ暗やみのなかで、一瞬もがくことになるから、
余計にストレスを感じることになるのだろう。

取るに足らないストレスかもしれないが、
こうやって句を目の前に突きつけられてみると、
人間の哀れさと滑稽さ加減が身にしみる。

頭から被って着る衣服は今も苦手。

池田澄子の俳句には、
こうした俳句的発見が随所にちりばめられていて実に興味深い。

 泉あり子にピカドンを説明す

この句など、アナグラムで「泉ピン子」が内在しているのだが、
それは単に私だけがそう思っているだけで、
戦争体験者としての思いが込められた一句である。

この方の句を見つけると、
うれしくてノートに書きとめてしまうほど、好きな俳人の一人。

(セーター・冬)
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by leilan | 2006-01-30 14:10 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな  日野草城  


冬の寒さに乾燥してかさかさしたくちびる。
それが「冬ざれのくちびる」だ。
昔は乾燥防止用のメンタムリップなどなかった。

この句の中の人物は、
まだ皸(あかぎれ)やひび割れがあった時代の人物。
冬ざれのくちびるに触れる痛々しさがこの句の命だ。

今日の草城の句は第一句集『花氷』から引いた。
この句集は1927年、草城27歳のときに出た。

 初雪を見るや手を措く妻の肩

 雪の夜の紅茶の色を愛しけり

 白々と女沈める柚子湯かな

575音の言葉が鮮明な世界を構成している。

当時の草城にはまだ妻はなかったが、
俳句の世界を構成するために妻が幾度も登場した。

ちなみに今日は草城忌。

(冬ざれ・冬)
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by leilan | 2006-01-29 11:18 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 妃殿下がおでん喰ふとき口四角  辻征夫


b0048657_18584877.gif西東三鬼の「広島や卵食ふとき口開く」のもじりだが、
「妃殿下」と「おでん」の取り合わせは意表を突き、妙におかしい。
専門俳人には絶対につくれない作品。

なにものにもとらわれない、けなげな遊びのたまもの。

(おでん・冬)
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by leilan | 2006-01-27 18:59 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 寒星や出した手紙はまだポスト  内田美紗


夜のポストに手紙を投函し、その夜、
星を見上げて手紙を出した相手を思っている。
その相手への手紙はまだポストの中。

中学生のとき、
同級生の尚子ちゃんから電話がかかってきた。

恋文をポストに投函したものの、
文中に気になる箇所があって取り戻したい、
なんとかならないだろうか、と言うのだ。

え?
ポストから取り返したいの?

尚子ちゃんは翌朝ポストの前で集配を待った。

私は、担任の先生に嘘つく係り。
尚子さんは歯医者に寄ってから登校するそうです、なんて。

集配担当のおじさんがやってくる。
必死にお願いする尚子ちゃん。

いったん投函したものは返せないんだよね、
と、けんもほろろの郵便局おじさん。

ところが、このおじさんが融通無碍な御仁であった。

尚子ちゃんが差し出した生徒手帳をチェック。
恋文を探してくれたという。

彼女の恋は実らなかったが、
その相手は、いまや押しも押されぬ歌舞伎の花形役者になった。

(寒星・冬)
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by leilan | 2006-01-26 14:14 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 雪女郎おそろし父の恋恐ろし  中村草田男  


雪女郎は雪国の妖怪。
雪女、雪鬼などとも言うが、要するに雪の精霊だろう。
優しい面と怖い面の両面をもつが、それは雪というものの二面性だ。

草田男の句は、雪女郎の人を魅了する怖さを父の恋に重ねている。

雪女郎のような女に恋した父は、家族などを捨てて破滅へ深入りする。
それで、「おそろし」「恐ろし」と表現した。

仮名の「おそろし」には雪女郎の美などが、
漢字の「恐ろし」には破滅する父の定めが感じられる。

草田男という俳人はとても大胆だ。
掲句にしても、「おそろし」を2度も使う点が大胆。

それに、「おそろし」のような形容詞は俳句では禁句に属する。
作者の言い過ぎになって失敗しがちだから。
ところが、草田男は「おそろし」を繰り返す。なんとも大胆である。

数年前、父とふたりで飲んだとき、

「お父さん、もし、よそに子供がいたら、知らせておいてくださいね。
もしものことがあったとき、お父さんも逢いたいでしょ」

と訊ねたら、

「いや、子供はおまえたちだけだ」

ときっぱり言っていたが、
かつて、雪女郎はいたであろうと思う。

(雪女郎・冬)
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by leilan | 2006-01-25 19:35 | 秀句鑑賞

『秀句鑑賞』

 雪はげし抱かれて息のつまりしこと  橋本多佳子


美女の誉れたかい高貴の未亡人、橋本多佳子。
ゆくところ座はどこもが華やいだという。

明治32年、東京本郷に生まれる。
祖父は琴の山田流家元。父は役人。

大正6年、18歳で橋本豊次郎と結婚。
豊次郎は大阪船場の商家の次男で若くして渡米し、
土木建築学を学んで帰国、財を成した実業家。
ロマンチストで、芸術にも深い造詣があった。

結婚記念に大分農場(10万坪)を拓き経営。
9年、小倉市中原(北九州市小倉北区)に豊次郎設計の三階建て、
和洋折衷の西洋館「櫓山荘」を新築。
山荘は小倉の文化サロンとなり、中央から著名な文化人が多く訪れる。

理解ある夫との間、四人の娘に恵まれる。
まったく絵に描いたような幸せな暮らしぶり。
しかし突然である。

  月光にいのち死にゆくひとと寝る

病弱で寝込みがちだった豊次郎が急逝。享年50歳。
このとき、多佳子38歳。
葬後、ノイローゼによる心臓発作つづく。

掲句は、寡婦になって12年、多佳子50歳のときの作。

降り止まぬ雪を額にして、
疼く身体の奥から夫の激しい腕の力を蘇らせた。

物狂おしいまでの夫恋。
微塵たりも二心はない。
そうにちがいない。
だがしかしである。

ここに多佳子をモデルにした小説がある。
松本清張の「花衣」がそれだ。
主人公の悠紀女が多佳子。

 悠紀女は癌を患って病院で死んだ。
 その後になって、自分は悠紀女と親しかった人の話を聞いた。
 彼女には恋人がいたという。
 対手は京都のある大学の助教授だった。
 年は彼女より下だが、むろん、妻子がある。
 よく聞いてみると、その恋のはじまったあとあたりが、
 悠紀女の官能的な句が現れたころであった。

とするとこの夫恋の句をどう読んだらいいものやら。
多佳子が官能の句を詠みはじめたのは40代になってからだ。

まあ、しかし、
息のつまるほど抱かれたことがなければ、
こんな句は詠めるものではない。
「雪はげし」なんて季語に結びつけられないよ、普通は。

(雪はげし・冬)
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by leilan | 2006-01-24 09:01 | 秀句鑑賞


バッカスの神さまに愛されたい
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