<   2005年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

俳句  冬木立中也の帽子往きにけり
かさね着やメンタムリップ重き唇  (唇=くち)

冬木立中也の帽子往きにけり

大寒の赤き仁王の力瘤       (瘤=こぶ)


あれは何年前だったか、
たまには日本で正月を迎えたいと思い、
暮に帰国したことがあった。

で、年始の挨拶に見える親戚の者たちと一杯やりながら、
ちらっちらっと新春恒例の箱根駅伝を眺めていた。

中継所で、自分のチームの走者が来ない選手が、
遠くを見ながら足踏みをし、
身体が冷えぬようにして待っているのだが、
なかなか来ない。

先頭の選手のたすきリレーが行われてから、
ある一定の時間がたって、
審判が無常な判決を下した。

繰上げスタートである。

たすきを受け取らずに、
残った数組の選手は駆け出さなければならないのだ。
彼らは仮のたすきをかけて走り出した。

中継地点で待っているはずの選手にたすきを渡すべく、
必死の形相で駆けてきた選手が、
自分が渡すべき選手がいないのを知って、
泣きながら倒れ込んだ。

それと同時に、
堰を切ったように涙があふれてきたのだ。
わたしはほとんど号泣したのである。

一緒に見ていた叔父は、
俺は孫の運動会で泣いちまうんだ、と話していた。

遠目で見ると、
白い豆粒のような孫がスタートラインに並び、
「ドン!」の合図で駆け出す。
その駆け方からして可憐そのもので、
早くも涙腺はゆるみはじめるのだが、
足がもつれているのに転びもせず、
一生懸命の顔して走ってくると、
もう手放しの号泣であるという。

泣くといえば、
昨日意外なことで泣いた。

C-SPAN というTVニュースが気に入って、
最近はCNNよりもこちらの方をよくチェックしている。

で、イラクの選挙の模様が放映されていて、
ああ、この人たちは命がけで投票しているんだな、
と思った瞬間、嗚咽が込み上げてきたのだ。

ひとり、さめざめと泣いた。
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by leilan | 2005-01-31 17:25

俳句  ユトリロの白炙り出す寒の雨
凍星の静かに消ゆるピチカート

ユトリロの白炙り出す寒の雨

冬銀河えにしのひとりひとりかな


わたしが生まれたとき、
祖父は、息子である父に対してこんなことを言ったそうだ。

人は他人と暮らすために生まれてくるようなもんだ。
親と暮らす時間はごく少しだよ。
だから子供は、
親にとって都合よく暮らしていく子供に育てるのではなく、
他人と心地よく暮らすことの出来る子供に育てなくちゃあナ。

その父が、娘のわたしに授けた女大学が二つある。

女ってえもんは冷たいもんだ。
どうして、こうも冷たいんだと、思うことがしばしばある。
でもな、冷たくたっていいんだよ。
女は<産む性>だってこと、忘れるなよ。

好きな女が出来ると、
自分が如何に哀れな境遇であるか、
可哀想な身の上であるか、女に嘆くヤツがいる。
いいか、それに騙されちゃいけないよ。

父の女大学から30年。
娘は女の年輪を増しながら、不敵な心も育てて来た。
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by leilan | 2005-01-30 23:56

俳句  アインシュタイン舌出してゐる誕生日
片恋にワクチンのなき寒さかな

アインシュタイン舌出してゐる誕生日

白鳥の首反り返るアニタ・オディ


クリントンはモニカ・スキャンダルが大問題となったとき、
テレビ会見で、これでもかと言うほど I'm sorry を連発したが、
この謝罪会見の末尾のところを記憶をたどって書くと、
こんな具合だった。

「終わりに付け加えますと、わたしは妻にこのことを話し、
妻はこころよく許してくれました。そして、激励してくれました」

聞いていて、

「クリントンよ、おぬしも、つまらんことを言う男だなあ」

と思ったとたん、思いついたことがある。

クリントンは裃(かみしも)姿でテレビ会見に臨み、
ここで長袴をさばいて右足を一歩踏みおろす。
右腕を大きく動かして、さっと片肌脱ぎになり、

「・・・なんてことが、あるわけないじゃねえか」

つまり、<遠山の金さん>もどきなのであって、
脱いだ肌には、
ヒラリーに引っ掻かれた無数の爪痕に血がに滲んで、
まるで桜吹雪のよう・・・。

このアイデアは、すごく気に入っている。

なーんて、相も変わらずバカまるだしの内容だが、
ほんのちょっと前、
うちの近所で凄い爆発音が連続して、
ラナイに出てみたら、
黒い煙がモクモク・・・。
消防車やパトカー、救急車が続々と来ている。
おっかないねぇ。
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by leilan | 2005-01-29 19:03

俳句  梅の夜リボンほぐれてゆくごとし
寒月や蒼のしじまに摩天楼

梅の夜リボンほぐれてゆくごとし

はじめての嬰の寝返り日脚伸ぶ  (嬰=やや、みどりご)


はじめて俳句を作ったのは、中学の国語の時間だった。
教科書にはたぶん、
<春の海ひねもすのたりのたりかな>とか、
<さみだれをあつめてはやし最上川>なんかがあったと思う。

そして、みんなも作りなさいということで、
五・七・五と指折り数えて一句を作った。
その俳句のことはすっかり忘れていたのだが、
娘と違って整理整頓のいい母が、
当時の文集や通信簿を葛篭に入れて仕舞ってあった。

  ボクサーの汗の祈りや5ラウンド 

たぶん、大場政夫を詠んだものだと思う。
そして、わたしはこんなコメントをしている。

日本中の人間が俳句をどんどん作ったら品切れになり、
自分が考えた句は誰かもう先に作っているんじゃないかと心配になった。
先生に言うと、無数にあるから余計な心配はするなとおっしゃった。

単純に計算すれば、イロハ47文字の17の積と考えればいいわけで、
47の17乗ということになる。
その答えは、次のような数になるという。

<2穣6647紓9365垓0696京2193兆4393億2219万2687>

日本の人口を1億人として、
その1億人が一日一万句ずつ俳句や川柳を作り続けたとして、
約73兆年かかるそうだ。

それでも、類句類想は避けがたい。

  日本の春はあけぼの犬の糞

という句を三年前に作ったことがあった。
しかし、なんとなんと、
同じ句がすでに、坪内稔典氏によって作られていたのだ。
誰もが作りそうな写生句ならまだしも、
わたしなりに、ひねりにひねった句、
というよりも変な句なだけに、これには驚愕した。
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by leilan | 2005-01-28 21:51

俳句  室咲きの菜の花いのちひしめける
<tamago さんの
    Birthday に捧ぐ>

 室咲きの菜の花いのちひしめける


窓開けて春色パスタ茹であがり 

セロニアス・モンク春待つ猫の髭


昼下がり、
海苔でくるんだお餅を食べていて、
アッ、これだ!
と思った。

なまじ長患いして死ぬよりは、
お餅で一瞬、
クククッ、となって、
グッバイ!

周りの人たちは、
餅で死ぬか?
みたいに笑っちゃうだろうし、
れいちゃんは最後まで、
間抜けでいいよねぇ、って。

<父方>
 祖父 胃がん
 祖母 胃がん
 大叔父 肝硬変
 伯父 戦死
 伯母 膵臓がん
 いとこ 事故死

<母方>
 祖父 肺結核
 祖母 脳卒中
 伯父 心臓麻痺
 伯父 戦死
 伯父 肺がん
 伯母 脳腫瘍 

こうして書き連ねてみると、
それぞれに壮絶な最期だ。

看病していて辛かったのは、
脳腫瘍で亡くなった伯母(母の姉)だった。
狂気と正気が交互に来るので、
たまに凄い場面に出くわす。

伯母の夫は一族から信頼の篤い人物で、
わたしもずいぶん可愛がってもらった。
上海の租界地で育った人なので英語が堪能で、
戦後は、航空会社の役員にまで栄達した人であった。

あるとき、わたしが看病していたら、
伯父がやって来て、ちょっと話がはずんだ。
そのとき、いきなり伯母の狂気が飛び出して来たのだ。

れいちゃん、
この男はね、わるい男よー。

わたしは、もうビックリしてしまって、
伯父に、病室から出た方がいいと、目で合図した。

伯父と伯母は仲睦まじい夫婦だとばかり思っていた。
しかし積年、伯母の中に鬱々としていたものが、
体内に白夜として宿っていたのだろう。

やっぱり、お餅で逝きたい! 
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by leilan | 2005-01-27 17:48

俳句  鍋焼うどん氷点の日はなかんづく
一団のクジラ怒涛とうねり来る

鍋焼うどん氷点の日はなかんづく

加湿器やレゲエの短波湿める午後


二十歳で美しくなく、三十歳で強くなく、四十歳で金持ちでなく、
五十歳で賢明でない人間は、一生美しくも強くも金持ちにも賢明にもなり得ない。

イギリスのことわざだそうだ。

ずきんと胸に響く。
わたしに残されているのは、
すでに<五十歳の賢明さ>の可能性だけだが、
それも大いにあやしい。

中年いかに生くべきか(爆)

そういえば、山本夏彦老が、
フェロモンを出している女は戦時中、
もんぺをはいていても出していた、
と書いておられたが・・・フェロモン出ているだろうか?

小説に関して、ひとつ面白い発見をした。
作家の写真なんか見ていて、
全然、異性にもてなさそうな人に限って、
小説の中で男と女が偶然に出会うのだ。
ところが、もてそうな人は、
小説の中でも必ず自分からアプローチしていく。

わたしなんか、
山に登らないで、
なんか二合目ぐらいでリタイアしている感じだ。

宇野千代を励みとして生きていこう(笑)
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by leilan | 2005-01-26 13:32

俳句  焼芋や手をぬくめゆく神楽坂
ネクタイの一瞬に抜く音冴ゆる

焼芋や手をぬくめゆく神楽坂

お七にもなれず米研ぐ寒夜かな


この世で一番はじめに覚えた漢字は<命の母>だった。

母が飲んでいたのか、あるいは祖母が飲んでいたのか、
もう記憶にないのだが、あのパッケージは妙に懐かしい。
そういえば、お姫様マークの中将湯というのもあった。

高校の同級生だったイメルダは更年期真っ盛りだ。
こういうものは多少の個人差があるようで、
わたしには未だ自覚症状がない。

少し老眼になったかなとは思うが、
老眼鏡がなくても字の読み書きに差し障りはない。
白髪も、髪を掻き分ければ7本くらいはあるだろうが、
今のところ、群生の兆しはない。

しかし、イメルダは、
子供産んでないからって、あんた、いつまでも若いと思うなよ、
来るよお、変わるわよー、タアーーーッとか言って、
いたいけなわたしを脅しまくる。

そう言われると、一瞬、ドヒャーと思うんですけど、
てやんでえ。

しかし、
わたしには女として欠落しているものがあるんじゃないか、
時にそんなことも思う。

二十代後半に差し掛かっていた頃、
女友だち四人で法師温泉に行ったことがある。
高峰三枝子と上原謙の国鉄フルムーンのCMで、
一躍全国的に知れ渡った温泉だが、
うちのジジババは昔からこの温泉を贔屓にしていた。

だから、CMに使われたあの湯は混浴で、
女専用風呂は八畳間くらいの小さい湯だということも、
ガキの頃から知っていた。

ところが、お風呂場に行ったら後の三人は、
キャッ! 混浴! ヤダーーー!

と大騒ぎするので、
コンタクトレンズはずしたら平気、平気よ、
なんてなだめすかした途端、

れい、あんた恥ずかしくないの!
なんて、食ってかかるのだ。

全然平気、べつにオッパイが三つついてるわけじゃないし、
あ、なんだったら、黒いマジックでパンツとブラジャー描いたら~

れい、
あんた、変、
絶対、変よ。
女として大事な何かが欠落してる!

と言われてしまった。

あれから二十年余り、
ずっと、この一言が心にひっかかっているのだ。
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by leilan | 2005-01-25 20:35

俳句  かけそばや駅から見ゆる冬の山
静脈のひろがる木々や春を待つ

かけそばや駅から見ゆる冬の山

君が肩に声染みつけし寒夜かな


日常、お惣菜を作り、好んで食べている。
周囲からは玄米菜食を薦められているのだが、
ストイックに傾き過ぎているようで、今いち乗り気になれない。

マクロビオティック(日本正食方)は、
そもそも日本人がアメリカで広げたもので、
基本はオーガニックの玄米菜食である。

友人の説くところによると、
その目的は、病気を治すのみならず、
心の平安を勝ち得て、
世界平和を目指す!

と、何やらバークレー発祥のヒッピー文化を彷彿とさせる。

人間は、おなかの中にいるときと授乳期に、
すでに一生分の動物性たんぱく質を、
お母さんの体液から摂取しているので、
もう必要ないということらしい。

で、お肉は健康に悪いだけでなく、
食べることが<共食い>の思想に繋がっている(?)
しかも、牛ちゃんなんかは人間に生態系が似ているので、
食べると競争心や征服欲が強くなって、
それが戦争を引き起こしている(そんな決め付けちゃっていいのかぁ?)

ま、確かに実践者のお一人である財津和夫さんなんか、
お若い頃と打って変わり、穏やかなオーラに包まれておいでだ。

玄米を食べるということは、
ホールフード(粒餌)をまるごと食べるという教えらしい。
で、<WHOLE FOODS>といえば、
ニューヨークはソーホーにある元祖自然食品の店でもある。

この十年くらいで、
自然食品店は全米に広がり、
ホノルルには<DAWN TO EARTH>がある。

ここのパンは、
ビタミン、ミネラル、食物繊維のたっぷりと入った全粒粉パンで、
噛み締めて食べるとおいしい。
が、パンは自分で焼いて食べるのがうまいと思う。

「ナチュラル&オーガニック」は、
アメリカでススンでいる人たちの合言葉みたいなもんだ。

自然食のスーパーを覗くと、
日本で自然食を頑張りすぎて、
逆に病気っぽくなっちゃったような人は皆無で、
知的な雰囲気をただよわせたカッコイイ大人や、
ヒップな若い子たちでいっぱいだ。

しかも、日本の自然食のようにバカ高くない。

まあ、少し研究してみようか。
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by leilan | 2005-01-24 11:55

俳句  付かぬこと伺ひますと冬帽子
神なくて祈る姿のうつくしき

付かぬこと伺ひますと冬帽子

惜しみなく冬の金魚やフラダンス


アメリカ人の意識というのは、
ものごとを区別することから始まる。

ゆえに、神話を見れば天と地が分かれたとか、
光と闇が分かれたとか、
何もかも一つのことが二つに分かれていくという展開になっている。

区別することが意識の始まりで、
区別することを徹底的に洗練させていくことによって、
アメリカの文化はできている。

その背後にあるものは、
神と人間は違う、
人間とほかの被創造物は違うという非常に明確な区別である。

そして、人間同士にも区別があるわけで、
つまりは、英語の一人称には「アイ」しかない。
これは、わたしとわたし以外の他を区別する存在の単位なのだ。

ところが、日本は関係が優先するので、
「わたし」「おれ」「ぼく」「わし」「おいら」など、
お互いの関係性によって一人称を使い分ける。

アメリカ社会に暮らすようになって、
実は、これがいちばんのカルチュア・ショックだった。

アメリカ人が「I want」なんて言うときは、
まさに自分が欲しいものを言っているわけだが、
わたしなど、そんなふうに育てられていないので、
すぐ周りの空気を読んでの「I want」なのだ。

つまり、それまでのわたしは、
区別しないことを鍛錬して来たわけで、
仏教文化とは、アメリカ文化のまったく逆だと思う。

たとうれば、
親しき仲であれば何もしゃべらなくても、
「うん、わかるわよ」
というところがあって、
それが、女の気働きというものだと、
祖母や母から薫陶を受けて来たのだ。

アメリカ人が区別の意識を鍛錬して育つのとは逆の、
区別しない方の鍛錬を積み上げて来たわけだから、
最初は、慣れなくて本当に参った。

アメリカ人に対しては、どんな親しい仲でも、
「こうして欲しい。ああして欲しい」
と、意思表示をしなければ何もはじまらない。

そして、仏教の考え方を単純明快に一言で申すなら、
区別のない方に鍛錬して、
ものごとの境目がどんどん無くなっていって、
結局はすべてが一緒になる。
自分は宇宙と一体だとか、
宇宙は一つだとか、
そちらの方の体系を構築して来たのが仏教の考え方だ。

ま、だいたい、いつもアメリカ人にそんな説明をしているのだが、
「なるほど、日本はそうなのか」
と、アメリカ人も一応は頷いてくれる。

で、気がつけば、
わたしもアメリカ的区別文化に慣れて来て、
「強いですね」
なんて日本人の方たちから言われるのだが、

大和撫子のやさしさは失っていない。

つもりだ。



が。
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by leilan | 2005-01-23 23:54

俳句  麦は芽に男は風になりにけり
やはらかき風呂吹き大根あわわわわ

麦は芽に男は風になりにけり

乳房も花びら餅もうすあかり


前に森田療法の本を読んんでいたら、
相談に来た人が、
これこれの事情である男を殺してしまいたいと思うんだけど、
そう思うのが後ろめたい、というふうなことを言う。
すると、相談された人が、

それは気分です。気分というのは過ぎ去るんだから、
そのままにしておきなさい。
別にいいとか悪いとかは思わないようにして、
気分があるんだということを認めていれば、
それでいつかは変わりますよ。

と答えているのを読んで、非常に感心したことがあった。

わたしは、人を殺したいと思ったことはないが、
しかし、そうした気分というものは、
日常生活でしょっちゅう起こるものだ。

夫婦や恋人同士がけんかをすれば、
もうそれこそ別れたいと思う。
上司や同僚と軋轢があれば、
こんな会社やめてしまいたいと思う。
周囲から差し出がましい口をはさまれれば、
なんだこの人と思う。

感情というものは意識化されているわけで、
悲しいとか、腹が立つとかいうように言葉にできる。

ところが、それ以前の動き、
名前の付けられない動きというものがある。
それを勝手にエモーションと呼ぶとすれば、
心の中ですごいエモーションが動くときがある。

やがてそれが意識化されてきて感情になっていく。
そして、さらに洗練されていくと、
いろんな表現の筋道ができたり、
インテグレーション(統合)が行われる。

たとえば夫婦であれば、
別れてしまいたいという感情と、
長い間一緒にやって来たんだから、
いまさら別れることもないか、
といった相反する感情が全体として統合されていく。

このエモーショナル・インテグレーションが、
前述の森田療法のアドバイスにある、
気分というものは過ぎ去るんだから・・・
ということであるのかもしれない。

これが出来ている人というのは、
非常に強いし安定感があると思う。

そして、わたしの俳句はたぶん、
エモーショナル・インテグレーションの一方法で、
そもそも、俳句との出会いは精神病院であった。

友人の娘が一時期、神経を病んで入院していたことがあった。
母親である友人とこの娘の関係がギクシャクしていたこともあって、
よく娘が、わたしにSOSの電話を入れてくるので、
うちに預かったりもしていた。

で、もう大丈夫かなという頃に家に戻すと、
またSOS・・・ということを繰り返しているうちに、
とうとうひどい鬱状態に陥ってしまって入院。
その病院に俳句クラブがあった。

主治医に伺うと、
俳句でも短歌でも、あるいは日記でも、
感情を言語化する行為は自己治癒力になるのだという。

そう考えると、ブログを書くという行為も、
我々は知らず知らずのうちに、
エモーショナル・インテグレーションを行っているのかもしれない。

ところが、この過程で失敗することもあるのだという。
それは、ネガティブな感情を抑えようとするあまり、
悲しいのに、無理して悲しくない、なんて思い込もうとする。
悲しむことに悪の概念がひっついてしまっているので、
悲しくないと、思い込もうとするのだ。

そういう感情が抑圧されて溜まると、
いつか、洗練されない形でダーッと出て来て、
非常な破壊力へとなっていく。
それが怖い。

だから、ネガティブな感情も、
あるものはあるものとして受け入れていく。
その方が、全体としてのインテグレーションが、
うまくいくんじゃないかと思う。
ネガティブな感情も、ポジティブな感情も、
同時に働かせながら、
どう全体として統合させていくかが大事なのだろう。

もう30年以上も前に観たテレビが忘れられない。
画家の司修さんと童話作家の松谷みよ子さんが、
<カラスになった坊さま>という絵本の話をしていた。

この絵本は、松谷さんが終戦後に、
信州の田舎で聞いた話が、きっかけになっている。

戦前はカラスが物凄くたくさんいたのに、
終戦後、急にいなくなった。
「どうしていなくなったんだろう」と訊ねると、
あるおばあさんが、
「あれは坊さんになって南方にお弔いに行った」
と話してくれる。
みんな、南方で息子とか夫をなくしている。

それを聞いて、松谷さんは非常に感激したという。

それから、東北へ行ったら、
そこでもカラスが急にいなくなっていて、
「あれはシベリアへお弔いに行ったんだよ」
と言う。
東北のその辺りの人々はシベリアで死んでいるのだろう。

ひとつも論理性などないのだが、
昔の民衆の感情としてぴったり来るものがあるし、
そういう意識化というものは、
人を悲しみから救うのではないか。
普通に生きるための心のクスリのような気がするのだ。
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by leilan | 2005-01-22 20:15


バッカスの神さまに愛されたい
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