<   2005年 02月 ( 14 )   > この月の画像一覧

スパイウェア襲撃!
ご無沙汰いたしております。

わたしのコンピューターがスパイウェアの襲撃(笑)を受けまして、
昨週からログインできない状況が続いています。

既存の駆除ソフトが効かないほど強烈みたいです。
どうぞ、みなさんもお気をつけくださいませ。

取り急ぎ、ご連絡まで。
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by leilan | 2005-02-23 08:29

俳句  さみしさはきつと鞦韆より生る

おぼろ夜の所在のなくて猫起す

さみしさはきつと鞦韆より生る    (鞦韆・しゅうせん=ぶらんこ)

碧空を映してふうわりしゃぼん玉



子供というものは、どうかした瞬間に、
とてつもないことを考えつくものである。

<でんでんむしむし、かたつむり>
の唱歌を思い出すたびに、
小さいときに、この歌を知ったときのことを思い出して、
いつも一人で笑いを噛み殺すのだ。

子供のころ、近所に知ちゃんという子がいて、
いつもわたしと知ちゃんは一緒に遊んでいた。
知ちゃんの方がわたしより一つ年上だった。

ある日、一緒に木登りしていたら、
いい歌を教えてやる、と言って、
題は<りむつたか>って言うんだ、と知ちゃんは得意だった。

りむつたか、って何のことなの、と訊いたわたしに、
いまに判るよ、大きくなったらね、と先輩ぶって、
木の上でレッスンがはじめられた。

  んでんでしむしむ りむつたか
  えまおのまたあは こどにるあ
  のつせだりやせだ またあせだ

という歌をわたしは覚えさせられた。

子供のころの記憶は妙に鮮明に残るもので、
わたしは今日でも、何かするとこの呪文唱歌を思い出し、
歌っている自分に気付いて、可笑しくなる。

その後、中央公論社から出た<日本歌唱集>に、
明治期の文部唱歌には、
何らかの形で訓育的な意図が付されていたが、
この歌にはそれがなく、そこが良いと記されていた。

なるほど、子にとって蝸牛の面白さが、
そのまま歌われているところに、
この唱歌がいまなお子供たちに歌われる理由がありそうだ。

が、わたしにとっては、知ちゃんが木の上で教えてくれた、
♪んでんでしむしむ りむつたか
これが、正調<かたつむり>よりも尊い、
変調<りむつたか>なのである。

知ちゃんは家業を継いで、和尚さんになった。
ひょっとしたら知ちゃんのことだから、
お経を引っ繰り返して唱えていないとも限らない。
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by leilan | 2005-02-17 21:42

俳句  風船を連れカピオラニパーク往く

春宵や羽根ペンで書く夜想曲

風船を連れカピオラニパーク往く

春出水アマゾン河にモスラ飛ぶ



上元・中元・下元の三元について話してみたい。

その前に、これを専門的に掘り下げると、
とても一夜で完結するような内容ではなくなるので、
誰が読まれても判るような簡潔な話にまとめたいと思う。

空間や時間を区切るものは何か、
という疑問を投げかけてみると、それが年月であり、
それをわれわれの前に数字で示したものが暦である。
そうなると、その裏側にひそむ暦の生い立ちと、
ふくらみを追いかけてみたくなる。

先人の書をひもといてゆくうちに、暦のもつ側面、
いやそれが本質かもしれない暦の顔に、
膨大な文化が一杯被さっていることが判ってくる。

英語の月の名前にはギリシャの神々、
週の名前には北欧の神々、
そして日本の週の名前には中国の五行など、
神話や世界観が根をおろしている。

太陽と月を、
人類が生きるうえで時間に目途としたのは当然のこととはいえ、
そこには天体を探る長い努力の歴史があった。

天文や神話、宗教、民族などという人類が歩んできた知恵の結晶が、
そのまま暦の歴史として今日に伝えられてきたのである。
暦は、人類の偉大な文化遺産である。

中国では<天・地・人>を三元といい、それが思想の核になっている。
また、老子も「道は一を生じ、二を生じ、三は万物を生ず」といっている。

もともと<一>は絶対に不変で、
万物の根源だという意味で人類にとらえられ、
<二>は一に対して、対立する世界と考えられてきた。

それに対して、<三>は二つの対立を超越してできあがった完全な調和で、
それが聖数<三>を生み出したのである。

この三元の一つ一つは、<六十干支>であり、
十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)と、
十二支(子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を
組合せてつくった一つのサイクルで60進法の世界である。
ゆえに、一元は60年で、上中下の三元で180年となる。

その根拠にはさまざまな解釈があるが、
わたしは、木星の公転周期12年と土星の30年の影響、
つまり最小公倍数の60年が、
世界情勢の波の動きに関連していると考えている。

さらに、三元の180年は太陽の周りを地球が一周して元に戻る、
その180年なのだろうと推察している。

十干と十二支はそもそもが日や月を数えるのに使われた数詞で、
確かなところでは、すでに殷の時代には使われている。

中国では、満月望から望まで、すなわち15日から15日までの、
月の形の変化する30日間が一つの周期で、
それを一つの単位として一ヶ月が生まれたわけである。
太陽を1日とし、月を1ヶ月とする単位を生み出したのは、
黄河流域でも、チグリス・ユーフラテス流域でも変わりない。
月はメジャー(尺度)だったのである。

(ちょっと突発事態があって出かけてきましたが・・・読み返してみると、
 誰が読んでもわかるような内容で、と申したわりには、
 誰が読んでも判らないような内容で、自己嫌悪になります。あーあ。
 こういう専門的な話を噛み砕いて簡潔にするのは、難しいですねぇ)

ということで、はしょります(眠くなってきたせいもござります)

三元を近世に当てはめると下記のようになる。

上元 1864年~1923年(元治元年~大正12年) 甲子一白
中元 1924年~1983年(大正13年~昭和58年) 甲子四緑
下元 1984年~2043年(昭和59年~60年後)  甲子七赤

そして、この三元にはそれぞれ時代としての特徴があるとしていて、

上元 政治・思想変革の時代
中元 文化・技術変革の時代
下元 経済・金融変革の時代

と、大まかな分類をしている。
そして、それぞれ新しい時代がはじまる12、3年前から、
次の時代の伏線となる動きが台頭してくる。

たとえば、昭和59年からはじまった下元・経済と金融の変革は、
その伏線として、昭和46年のニクソンショック、
その後の、スミソニアン協定の崩壊とドル変動相場制への以降、
昭和48年のオイルショックなどがあげられるであろう。

そして、われわれは、昭和59年からはじまった下元の時代にいて、
経済と金融の大きな変革を経験しているわけである。

下元の時代にはもうひとつ特徴があって、
世間や他人に気兼ねのない、のんきな時代ということがいえる。

180年前にタイムスリップすれば、それは家斉公の時代である。
あの時代を一言で申すなら、まさに放漫な政治の時代で、
武士も町人も派手でぜいたくな暮らしを繰り広げた時代だった。

このことは、文化文政の華やかな文化を生み出すもととなったが、
家斉の政治にはたいそう費用がかかり、
幕府の財政は苦しくなる一方でもあった(現代と似ている)

しかし、華やかな化政期の暮らしは、
天保4年に東北から関東一帯を襲った大飢饉によって、
一転して暗い苦しいものに突き落とされる。

この天保の大飢饉を現代に当てはめると、
いまから8年後の2013年がその年になる。
この2013年は<癸巳五黄>となるので、
現象としては、大きな風水害といった天変地異が起こりやすい。
そして、それに伴う食糧難ということになろうか。

180年前は、これが大塩平八郎の乱や、
老中・水野忠邦の天保の改革へとつながっていった。

そして、次の上元がはじまる2044年の10年前、
つまり、2033年頃には、ペリー提督みたいな人がやってくるのかもしれない。

そうして、政治と思想変革の時代に突入していくことになるのだろう。
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by leilan | 2005-02-16 16:13

俳句  酔ひ醒めや背中に感じ入る余寒

薄氷を舐めて猫くる勝手口     (薄氷=うすらい)

酔ひ醒めや背中に感じ入る余寒

もの忘するたびふり仰ぐ春の雲



会社勤めをしていて、いちばん辛いのは上司とうまくいかないときだ。
これは、わたしにも経験がある。
<奥飛騨慕情>の松本ボスは部下にとことん任せるタイプだった。
こういうタイプは部下を育てるのがうまい上司だと思う。

ところが、松本ボスの後任になったTボスは、
何でもかんでも自分でやらないと気がすまない。
いわゆる、部下に任せられないタイプだった。
しかも、わたしが女だということで、信頼がおけなかったらしい。

まだ、均等法なんか出来る、いわば夜明け前の時代だったが、
わたしは大卒ということで男たちと肩を並べて仕事していた。
とは言え、必要があればお茶汲みもするし、
留守の同僚の電話もバンバンとる。
そこに、なんたらかんたら、こだわるようなタマでもない。
仕事は生き物だ。

ところがTボスは、新規のプロジェクトからわたしを外した。
これには、さすがに同僚の男たちが抗議してくれたが、
Tボスは「女に出来る仕事ではない」と、頑固に譲らなかった。

すっかり意気消沈したわたしを見て、当のTボスが、
「まさか、れいさん、自殺しないだろうな」
と心配しているのを、同僚から伝え聞いて、
「自殺するくらいなら、相手を殺しますがな。丑の刻参りって効くらしいよ」
なんてほざいておいたが、
Tボスは、この冗談をどうもまともに受け取ったとみえて、
わたしはすぐに配置転換させられた。

正直に伝えた同僚もTボスを嫌っていたので、
「れいさんは、市谷八幡神社の氏子だそうです」
なんて、五寸釘をちらちらさせるようなことを言っちゃったらしい(爆)

でも、わたしは配置転換させられたお蔭で、
組織の中で多少の辛酸もなめ、
これはいい経験だったと、いまも時おり振り返ることがある。

そしてわたしは根が勝手者の猫で(会社では猫をかぶっていたが)
忠犬にはなれぬ人間だということが自分で判っていたので、
その後円満に退社して、フリーランスとなった。

以来、勤め人を辞めたとこを一度も悔やんだことがない。
どんなに苦しい場面に遭遇しても、フリーランスでよかったなと思う。

上司と折り合いが悪いと、神経を病んだり、ときには自殺する人がいる。
会社での上下関係を絶対視すると、不幸な結果になる。
上司だからといって、なにも特別に尊敬することはない。
「しゃーない上司に当たったな」
と思っていれば気がラクだ。

それはほかの人間関係も同じで、どの世界にもある。

実の母親と相性の悪い人から、
「母をブタだと思うわけにはいかないし・・・」
と相談を受けたので、
「しょうがないから、ブタだと思えば」
とアドバイスした。

会社では人事異動があるから、
「それまでの期間はしゃーない」
と思えばいい。
しかし、その気持ちは見せないのがコツだ。

過激な手段をとるのなら、
会社だったら転職する、結婚相手だったら離婚する、
実の親の場合は遠隔地へ逃げる、担任だったら転校する。
しかしこういったことは冒険で、うまくいくかどうかはわからない。

わたしは自分の人生経験から、他人とは幾分距離をおいてつき合う。
ところが、この匙加減が下手というか、むやみに情熱的な人は、
上司に対しても思い入れが強く、忠実な部下になる。
忠実であればあるほど、欲求不満が蓄積する。
だからいったん関係がまずくなると、相手を怨んだり、
決定的に喧嘩別れしたるする。

人づき合いがダメだと言う人は、得てして、
他人は信用できないと攻撃ばかりしている。
他人を攻撃するのは自分を攻撃するのと同じだ。

人間はさまざまで、他人は思うようにはならない。
また、相手に過度な欲求をもつから、また腹も立つ。

まあ、人間関係のトラブルというのは運・不運のところがあるさ。
しょうがないね。
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by leilan | 2005-02-15 19:01

俳句  そよ風に志ん生と寝る春の昼

あをあをと水にうつくしはうれん草

そよ風に志ん生と寝る春の昼

犬にもの言ふてのどけしティータイム



エンターテイメントとポストモダンについて考えるとき、
マクルハーンの<アンダスタンディング・メディア>が思い出される。

1964年にこの著作が世に出て、
いわゆる<マルクハーン旋風>というものが起こる。

メディアというと普通考えるのは新聞・テレビ・ラジオであるが、
マクルハーンはそれだけでなく、
コミュニケーションのあらゆる形態に言及する。
鉄道・車・郵便・電話、あらゆる送り手と受け手の関係について検討する。

メディアというのは媒体であるが、
何かメッセージを送っているわけで、
それを熱いメッセージを送るものと冷たいメッセージを送るものに分けた。

わたしは、みすず書房から翻訳で出たものを15年くらい前に読んだが、
ビックリしたのは、ラジオが熱い媒体に分類されていたということだった。
そして、映画も劇も芝居も熱いが、文字は冷たいメディアに分類されていた。

つまり、活字で読むのをわれわれの理解に強制するわけで、
たとえば本を読んでいて疑問が出て、問いかけても答えてくれない。
だから何度も読み返して、自分で了解するよりしかたがない。

ブログにも、コメント不可、トラックバック不可というところがあるが、
これは冷たいメディアに属するということだろう。
ブログというツールはコメントやトラックバック機能が、
いわゆる共同討議的側面を有し、
熱いメディアとして機能していると思うのだ。
つまり、観客とのコミュニケーション、それが可能なところが面白い。

意外なのは、テレビを冷たいメディアと言っていることだ。
これはちょっとわれわれの常識に反するような気もするのだが、
マクルハーンの意見によると、
テレビというもので実情を写すために、かえって熱狂が起こらない。

ケネディ暗殺の場面、それからすぐ後の犯人オズワイルドの撃たれた場面が、
ちょうどテレビ実況放送として画面に出た。
このとき、わたしは小学校1年だったけれども大変なショックを受けた。

しかし、マクルハーンは、もしこれがテレビじゃなくて、
ラジオで、言葉だけで伝えられたら、
全米で暴動みたいな騒ぎが起こっただろうと言う。
実際に状況を見ているから、
それで何も起こらなかったと、こう分析しているのだ。

確かに、これはうなずけることであって、
1938年にアメリカのCBSラジオで、
オーソンウエルズのSF<火星人襲来>の放送を、
本当の出来事と勘違いしてパニックが起こったことがあった。

いまわれわれはテレビ文化にどっぷりつかっていて、
ちょっと暇なときにはテレビを見ていないと、
気が落ち着かないという人も多い。
しかし、画面に調子を合わせてはしゃぐということはないだろう。
(わたし自身は意識的にこの30年テレビを遠ざけてきた)

そしてテレビ画面の空間は、肉眼の遠近法とまるで違っている。
写真のレンズは少し遠くなっているが、
テレビは逆にせまくて、三歩あるいて十歩くらいの距離になってしまう。
人間が向かい合う場面は膝をつき合わせている。

考えを変えてみると、あれは平面である。
絵と同じで奥行きが欠けている。
クローズアップになると、後ろはすっかりボケてしまう。
われわれが普段見ている空間とはぜんぜん違うわけである。

そこに写っているのは、物語になるわけだ。
実況放送でも、いわゆる実写ではない。
あれをわれわれが実写だと思っているのが間違いなのだろう。

映画は20世紀のはじめ、
19世紀的活字文化が出来上がっているところに切り込んでいって、
それを見事にひっくり返した。
しかし、映画は文化であったためしはない。
シネマ劇場へいって、くらやみの中で特別な鑑賞を行う。
ゆえに映画というものは熱い媒体だ。

その反対に、フランスのゴダールではないけれど、
いまや全世界にテレビ文化というものが成立している。

そして面白いのは、
山田詠美のような少女漫画の作家が、
すでに書いた少女漫画の題材を小説に仕立て、
直木賞を受賞しているという現実である。

日本の少女漫画というものがいかにファンタスティックで、
漫画や劇画のなかでも、その変わり具合は非常に特殊だ。

山田詠美の小説は、文章が簡潔で場面の変わり方のテンポが早い。
それが、少女漫画が根底にあって、
漫画だからセリフは短いし、アクションが主である。
それを文章でつないだら、ウケたというところがまた面白いと思う。

わたしの世代の女の、まあほんの一部の人たちだったけれど、
80年代前半には、職場における差別と闘ったものだった。
しかし、そこに俵万智が甘い同棲と別れを<サラダ記念日>に歌い、
200万部以上売れるという現実が巻き起こる。

これを誰が予想しただろうか。
これが日本の大衆現象というものだと、つくづく思い知らされた。

戦後、日本は慢性的な不況を乗り切るために保守化の一途をたどる。
そのせいもあってか、日本のポストモダンには抵抗の姿勢がない。

テレビ番組がつまらなくても、
日本人はブラウン管の前に座る習慣がついた。
実況の実写ではない情報にすぎないイメージに、
われわれの生活は犯されている。
実生活がテレビのホームドラマを模倣して生きられるのだから、
すでにエンターテイメントの枠を超えているわけだ。

現代文明はレジャー、グルメ、情報産業の作り出すブラウン管上の外界、
緑の自然の影に浸透されていて、
元来冷たいミッテルであるテレビによって適度に熱せられている。

大勢に従って動くのはそれが快いからなのであろう。
行方に暗雲は出ているが、ゆたかな社会が続いているので、
みんな遊んでいる。

つまるところ、
過剰消費社会において何がでてくるのか、わたしにはわからない。
わからないでは無責任かもしれないが、
これもポストモダンの言説として容認されるかもしれない。
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by leilan | 2005-02-14 12:38

俳句  猫なでてゐる梅林の夕まぐれ
春浅しふいに再婚告げられる

猫なでてゐる梅林の夕まぐれ

人の死にささやくばかり春時雨


深夜、三日ぶりにテレビをつけた。
ロバート・デ・ニーロの<レイジング・ブル>が観たかった。

この映画は男向けに作られたものだと思うが、
好きで、何度も何度も観てきた一本だ。

オープニングが美しい。
モノクロ、そのスモークの中、
ウォーミングアップのシャドウボクシングをする
デ・ニーロのスローモーション。

そこに流れる、カヴァレリア・ルスティカーナ。

筋がわかっているので、
すでに、このオープニングで舞うデ・ニーロに泣けてしまう。
男は哀しい生き物だ。

頂点を極めた伝説のボクサー、
ジェイク・ラモッタの病める猜疑心と嫉妬が、
美貌の妻と、ジェイクを心底思う弟へ向かう。

リングの上で闘う男の狂気にかられた目の異様さ、
顔面を攻撃するグラブに汗と血が飛び散る迫力、
そこにカメラのフラッシュが炸裂する何とも言えぬ不安定感。

王座を死守することに汲々とする刹那と、
その一方で妻と弟に向けられる抑えきれぬ暴力。

アメリカを熱狂させた伝説のボクサーのもとを、
こうして、妻と弟が去ってゆく。

かつてのチャンピオンが零落れて、
場末のナイトクラブの芸人になる。

ひとりになってしまったデ・ニーロが壁を叩きながら叫ぶ、
Why? Why? Why? Why? Why?・・・が哀しい。

この映画をはじめて観たのは24歳のときだったが、
歳を取れば取るほど、胸に沁みてくるものが深くなる。

男のどうしようもない不器用さが、いとおしい。

デ・ニーロの演じるジェイク・ラモッタほどではないにしろ、
男には一様に、どこか生き辛い不器用さみたいなものがあって、
それを、時に男自身が持て余してしまっている(と感じることがある)

わたしのような中年女は、
そんなとき、黙って背中を撫でてやりたいと思ったりするのだ。
歳を取るということは、それが判るということだろう。


久しぶりに、日本のニュースを眺めていたら、
ライブドアのM&Aが話題になっていた。

ネット企業によるメディアの買収攻勢はアメリカで幾つか例があるが、
思い出されるのは、AOLのスティーブ・ケーシーが、
タイム・ワーナーを買収した一件だ。

その後、この合併企業のトップからスティーブ・ケーシーは消えた。
たぶん、AOLが調達できなかったのは人材である。
AOLとタイムワーナーで何がいちばん違ったか。
それは、コンテンツを作る人材だった。

アメリカでは、ネット企業の既存メディアの買収は、
どれも成功していない。

わたしは、ホリエモンという人物のことに詳しくないが、
彼は、コンテンツが欲しいのだろう。
これは人が作るんだよね。
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by leilan | 2005-02-13 21:28

俳句  「愛ルケ」を貪つてゐる春電車
立春大吉シウマイの皮透けて見ゆ

八世の受継ぐ庭の梅真白    (わが父は八代目になる)

「愛ルケ」を貪つてゐる春電車 (日経新聞連載小説・愛の流刑地の略称)


六尺さんこと、heavier-than-air さんのブログ<雑念系>で、
ご紹介いただいた<にっけいしんぶん新聞>に連載中の、

<今日の愛ルケ>

もう、たまんないっす☆ 
(こういう言葉遣いをすると、姪から「おばちゃん、無理っぽい」なんて言われちまうの)


↓ここをクリックしてみてね~
LINX

あれは昭和57,8年頃だったか、
やはり日経新聞に渡辺淳一が<化身>という小説を連載していた。
勤務先のボスだった松本おじは、

「れいさん、きょうの霧子、読んだ? 凄かったねぇ!」

なんて、朝からもう興奮しまくらちよこ。

「オレ、日経は最終ページから読むようになった!」とか、
「れいさんと霧子って、おんなじ年按配だよな」とか、
「れいさんから見て、オレぐらいの年恰好の男ってどうよ?」とか、

松本ボスの妄想は日増しに膨らんでいくのであった。

松本ボスは、NHKの外信部にいらした平野次郎氏と、
大学が一緒とかで、親しかった。

「きょう、平野と一杯やるんだけど、れいさんに平野、紹介するよ」
「だったら、神楽坂へ行きませんか?
 平野次郎ファンの芸者さんがやってるお店があるんですよ」

当時、平野次郎さんは森本毅郎さんと組んで朝のニュースに出演してらした。
テレビで拝見しても二枚目で、知性のただようお方なのだが、
実物の平野次郎は長身で40代の男盛り、色気のある男だった。

カラオケでも流暢な英語で<幸せの黄色いリボン>なんか歌うんです。

ところが松本ボスは、<奥飛騨慕情>、まあこれだっていい歌ですけれど、
竜鉄也(こんな字だった?)になりきってしまって、
間奏のところで、わざと壁にぶつかったりすんだな、これが。

で、<星降る街角>
うぉんちゅっ! って、トドみたいな身体をイグイグさせて、
間違ってぶつかろーもんなら、はぢき飛ばされそうな勢い!

やっぱり、霧子との愛欲のよしなしごとは難しいと思った。
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by leilan | 2005-02-09 15:33

俳句  渡り漁夫荷に人形のみやげあり
黒塗りの御重に豆腐針供養

渡り漁夫荷に人形のみやげあり

逢ひみての後夢ばかり恋の猫


以前、ある作家のエッセイを読んで気になったことがあった。

 <ほどなくして、二人は男女関係になった>

これではもう味も素っ気もない、と思うのだ。

 <わけありの仲になる>

といういい言葉があるではないか。
そして、抜き差しならなくなることを、

 <深みにはまる>

なんていう。

夕刻、ワイキキのスターバックスで手紙を書いていたら、
隣席にいた中年の女がふたり(わたしと同年輩・観光客らしい)
大声でこんなことを言ったのだ。

「それで彼女、その男とヤッチャッタの?」

見れば、上等な成りをして、
夫もいれば子供もいるという風情。
それが、いい歳こいて、
<ヤッチャッタ>だなんて言葉を使う。

懲役18年だ!

男と女の秘め事をそんな軽はずみな言葉で表現するから、
だんだんと男に愛想尽かしされてしまうのだ。

女は幾つになっても、
ある程度の慎みとか、たしなみは必要だと思う。

ごめんなさい。
あんまり頭にきたものですから。


ーーーと、ここまで書いて一旦送信したのですが、
わたしが16歳のときにはじめて読んで以来、
心の糧としてきた一篇の詩がありますので、ご紹介します。


    汲む     茨木のり子

 大人になるというのは
 すれっからしになることだと
 思い込んでいた少女の頃
 立居振舞の美しい
 発音の正確な
 素敵な女のひとと会いました
 そのひとは私の背のびを見すかしたように
 なにげない話に言いました

 初々しさが大切なの
 人に対しても世の中に対しても
 人を人とも思わなくなったとき
 堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを
 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

 私はどきんとし
 そして深く悟りました

 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
 ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
 失語症 なめらかでないしぐさ
 子供の悪態にさえ傷ついてしまう
 頼りない生牡蠣のような感受性
 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
 年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
 外にむかってひらかれるのこそ難しい
 あらゆる仕事
 すべてのいい仕事の角には
 震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・
 わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
 たちかえり
 今でもときどきその意味を
 ひっそり汲むことがあるのです


まあ、わたしくらいの年代になると、
女性ホルモンの分泌が衰えてくるせいもあるのだが、
グレイゾーンが少しずつ無くなってくる。
好きと嫌いでしか判断しようとしなくなる。
同時に、周りの視線というものも気にしなくなる。
これが始まると、坂を転げるようにオバタリアンになっていくのだ。

それでいいのなら、ご勝手にだが、
たとうれば、武原はんのように、桂信子のように、
枯れていきたいとわたしは思う。
最後の最後まで、自分が女であることは忘れたくない。
立居振舞はもちろんのこと、
周囲に対して素直な心をもつことは失いたくない。
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by leilan | 2005-02-08 14:44

俳句  朝寝して海シャガールの碧となる
ふらここの真下にありぬ水溜り   (ふらここ=ぶらんこ)

朝寝して海シャガールの碧となる

蛇衣を脱ひでをんなになる夜か


先日、tamagoさんからいただいた<早春賦>のコメントで、
にわかに思い出したのが<知床旅情>の盗作論議だった。

知床旅情が流行しはじめたころ、
この歌いだしのモティーフが早春賦にそっくりなために、
盗作云々の論議が起こった。
なるほど、歌いだしがそっくりである。

昭和35年の春、
北海道知床に大掛かりな映画のロケーション隊が、
二年にわたった滞在を終えようとしていた。

東宝映画<地の涯に生きるもの>のロケ隊で、
監督久松静児、主演ならびにプロデュース森繁久弥。
この映画は、戸川幸夫の原作<オホーツク老人>の映画化であった。

長かったロケーションを終わった最後の夜、
主演の森繁久弥を中心に、
ロケ隊はこの地に別れの宴を張った。

雪と氷の長く苦しかったロケの思い出も彩って、
いま、氷の去った知床に咲き乱れるはまなすの紅の花は、
それぞれのスタッフに感慨を与えていた。
このひとりにわたしの一族の者もいた。

多才な森繁久弥は即興で一曲の歌を披露した。
それがこの<知床旅情>である。

映画の中にこの歌は現れなかったが、
映画が人々の記憶から消えても、
この歌はそれからそれへと日本中にひろがり、
人々に愛され、残った。
わたしの祖父の愛唱歌でもあった。

心から湧き出した自然のメロディー、
そしてその当時は未だ耳新しかった<しれとこ>の歌い出し。
この歌は、その後に続いたディスカヴァー・ジャパンの波に乗って、
知床半島を大いにポピュラーにした。

盗作云々を聞いてもっとも驚いたのは森繁久弥であった。
なぜなら、彼はのびのびと自分のふしを歌ったのであり、
盗むなどという料簡とは真反対の、
素直な心でこの歌を作ったからである。
彼にとっては、盗んでまで作曲する必要はさらさら無いのである。

考えるまでもなく、
この両歌に共通な歌い出しは、
それぞれ主和音の分散形である。
ソドミソドというこの分散和音が盗作であることになれば、
ベートーベンのピアノ協奏曲第五番<皇帝>の終楽章の第一主題も、
リズムが変わっただけの盗作になってしまう。

分散和音というものは、音階と同じく現象なのだ。
丁度、文章を書いていて、
<あれはいつのことだったろうか>という書き出しが、
どこかにあるからといって、
そういう書き出しの文章がみな盗作とならぬように、
創造と思考現象は区別されねばならないのである。

<早春賦>が季節のリリシズムに満ちているに対し、
<知床旅情>はおとなのリリシズムに満ちて魅力的である。


    知床旅情  森繁久弥 作詞・作曲

  知床の岬に はまなすの咲くころ
  思い出しておくれ 俺たちのことを
  飲んで騒いで 丘にのぼれば
  はるかクナシリに 白夜は明ける

  旅の情けか 酔うほどにさまよい
  浜に出てみれば 月は照る波の上
  今宵こそ 君を抱きしめんと
  岩かげに寄れば ピリカが笑う

  別れの日は来た ラウスの村にも
  君は出てゆく 峠をこえて
  忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
  私を泣かすな 白いかもめよ 白いかもめよ


    早春賦  吉丸一昌作詞・中田章作曲

  春は名のみの風の寒さや
  谷の鶯 歌は思えど
  時にあらずと 声も立てず
  時にあらずと 声も立てず

  氷解け去り葦は角ぐむ
  さては時ぞと 思うあやにく
  今日もきのうも 雪の空
  今日もきのうも 雪の空

  春と聞かねば知らでありしを
  聞けば急かるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か
  いかにせよとの この頃か


きょう、アメリカは<スーパーボウル>に湧いていて、
ポール・マッカートニーがステージに立った。
で、いまハーフタイムショーで、
<ヘイ・ジュード>を歌っておる。
ポール、老いたりとはいえ、やっぱり華があるねぇ。
凄いステージになっているよ。
なんか、アメリカ中が盛り上がっている感じだ。
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by leilan | 2005-02-07 12:07

俳句  冴えかへる朝刊少子脅威論
ものの芽や万物の息ことごとく

冴えかへる朝刊少子脅威論

春ショールふと惑ひたる逢瀬かな


レヴィナス(哲学者)の本を読んだ。
100ページも読むと耐えられなくなって、
次の日に100ページ読むとまた耐えられなくなる。

5日間ほど苦労して、
よくわからなかったけど、気分よかった。

まあ、こんなことは哲学に限らず音楽や絵にはよくあることで、
現代詩なんかでもわかるかどうかは別。
ただ気分がいいというのがある。

娘っこの頃は、背伸びして難しい本を読みたがった。
読んでもさっぱりわからないのに読む。
一応つきあって100ページくらい読むと、
どうしようもなくわからなくなって放棄してしまう。

しばらくしてもう一度読むと、
100ページだったのが150ページくらいまでいける。
わからないことに対するこらえ性が強かった。

この頃の若い子で困ることのひとつは、
無理して格好よくしようというミエがないためでもあるが、
わからなくてもまあつき合おうとか、
そのうちわかるというものがない。
わからないものを受けつけない。

どうも勉強はわからないといけないと思いすぎている。

わからなくたっていいじゃないか。
要は頭の栄養になればいい。

レヴィナスの前に、
蓮實重彦の<凡庸なる芸術家の肖像>を読んだ。
蓮實はわかりながら読もうと思うよりノリで読む本だ。
早く読まないとダメ。
だから、仕事の手を休めて二日で読んだ。

「ほー、なるほどー」
という感じで、気分で読む。

わたしの俳句も駄作のオンパレードであるが、
それでも一ヶ月に一句くらい、自分でもピリッとくるものがある。
まあ、遊びをせむとや生まれけむ・・・で、
本人はこれでも真剣に遊んでいるのだが、
100にひとつくらいピッと響けばいい。
そのためにつなぎの99がいる。

なんにしても100パーセント主義はよくない。
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by leilan | 2005-02-06 19:27


バッカスの神さまに愛されたい
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