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俳句  姿見の後ろより出て仔猫の手

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姿見の後ろより出て
仔猫の手

麗蘭
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by leilan | 2005-04-16 22:25 | 俳句

俳句  ブランコを漕がなくなつて反抗期

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         ブランコを漕がなくなつて反抗期  麗蘭
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by leilan | 2005-04-16 20:22 | 俳句

俳句  春の夜をどこか乾きしニューヨーク

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Edward Hopper / Nighthawks



     春の夜をどこか乾きしニューヨーク  麗蘭
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by leilan | 2005-04-15 13:31 | 俳句

『書棚』 Embracing Defeat/ by John W.Dower

敗北を抱きしめて 上 増補版―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー 著
三浦 陽一 高杉 忠明 訳

岩波書店

スコア選択: ★★★★★


敗北を抱きしめて 下 増補版―第二次大戦後の日本人

ジョン ダワー 著
三浦 陽一 田代 泰子 高杉 忠明 訳

岩波書店

スコア選択: ★★★★★


ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』は、アメリカ占領下にあった日本の政治、経済、文化、社会について、敗戦がいかに日本とその市民に受け入れられたかを描いた著書である。そのリサーチは、とてつもなく深く幅が広い。同時に、アメリカおよび旧ソ連が、後に自国にとって不利になる史資料をもしっかりと保存していたその伝統がうらやましく、ほろ苦くもある。後世に確実に残っていく名著である。

1999年、ピュリッツァー賞を受賞。
これによって著者はアメリカ論壇の一角を占めるに至った。
マサチューセッツ工科大学(MIT)教授。歴史学者。

その膨大な内容に対して、すべての感想をブログに書くことはとてもできないが、何点か取り上げてみたい。

戦争は多くの犠牲者を出した。戦地から帰ってきた復員兵、戦争孤児、そして原爆被災者等々。ダワー教授は、彼らは今やこの国の新しいのけ者になったと厳しい指摘をしている。そして敗戦後の日本では、弱者に対する冷酷ぶりが目立つ現象であったとさえ言っている。どん底の暮らしぶりで他人にはかまっていられなかった側面もあろうが、「見知らぬ者を世話する義務とか、無償の博愛とか、寛容とか、不幸に襲われ苦しんでいる者に対して、気が向いたときだけ感傷的になって親切にするのではなく、純粋な共感をもって接する伝統は、日本ではけっして強くなかった」という指摘は耳が痛い。

また、彼は天皇の戦争反省の欠如を指摘していることに注目したい。敗戦の年の9月、天皇は皇太子に次のような手紙を送っていることを紹介している。「日本が戦争に負けたのは、米英をあなどったこと、軍人が精神に重きをおいて科学を忘れたこと、名将に恵まれず退くことを知らなかったこと、このまま戦争を続けると「三種の神器」を守ることができないし、したがって涙をのんで「国民の種」を残すべく降伏したのだ」と敗戦を軍部に押し付け、しかも三種の神器をもちだし、自分が聖なる皇統の継承者としている内容である。この私的文書は長い間一般に知られることがなかったというが、いささかショックである。

さらに、占領軍の天皇に対する評価は「天皇は日本人の心性に、ほとんど全体主義体制に近いような精神的支配力をもっている」として、マッカーサーは敗戦国日本では天皇を利用して、自分とともに二重の強力な権威を行使しようと考えたことは自然のことであったと指摘している。

ここに、日本の皇室擁護派とアメリカ占領軍は、軍部を悪役にして天皇を平和主義者とし、天皇民主主義を建設しようというキャンペーンをして、「最終的には両者の共同作業は功を奏した。天皇に新しい衣装を着せ、裕仁個人の身の安全を確保し、新設された民主主義国家の中央修飾として玉座をおくのに大いに貢献したのである」と皮肉を込めて書いている。

これに加えて、私が興味を覚えたことは、マッカーサーやGHQに対して、日本の庶民から届いたおびただしい贈り物や手紙である。マ元帥に対して、「神の如き尊き慈悲」を讃え、「生きる救いの神」とまで呼んでいる。昨日まで「鬼畜米英」と叫んだ人たちなのである。ダワー教授は、日本人の変わることのない依存的心理を容易に見出すことができると解釈しているが、確かに昨日までのことを見事に忘却した現象であり、一時の小泉人気などに類似していることに驚く。

9,11の後、たまたまジョン・ダワーの講演を聴く機会があった。そこで彼は、「日本が戦前に行っていたことは、今アメリカが言っていることと同じだ」とし、「見よ、東海の空あけて・・」の出だしで知られる「愛国行進曲」の中の「往け、八紘を宇となし、四海の人を導きて、正しき平和をうち建てん、理想の花は咲き薫る」を英訳したら、ブッシュ大統領の演説になると見事に一刀両断した。

「敗北を抱きしめて」は学術的論文で決して読みやすくはないが、2001年にはじめて読んで以来、折々にめくってみる一冊である。
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by leilan | 2005-04-15 13:18 | 書棚

俳句  その戀の詠みひと知らず花は葉に

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その戀の詠みひと知らず花は葉に  麗蘭

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by leilan | 2005-04-14 08:57 | 俳句

Henri Cartier Bresson

20世紀を代表するフランス人写真家、アンリ・カルティエ・ブレッソン
昨年亡くなられていたことを知らずにいた(95歳)

b0048657_824418.jpgブレッソンと言えば、
スペイン内戦、
第二次大戦のパリ解放、
インド独立の父マハトマ・ガンジーの死、
毛沢東率いる中国共産党軍の勝利、
ベルリンの壁崩壊など、
20世紀の決定的瞬間
撮り続けたことで有名である。

ブレッソンの写真に惹かれるのは、
こうした世紀の瞬間よりむしろ、
フランス庶民の表情を捉えた写真で、
木村伊兵衛や土門拳と通じるものがあった。

とりわけ、フランスの坊やが瓶をもち、
街中を歩いている写真。
日本風にいえば、
父親から「酒買って来い」と言われ、
それを得意そうに歩いている子供の表情は、
なんとも言われぬ味がある。



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by leilan | 2005-04-14 08:33 | Leilan's Bar

俳句  キャラバンの白き隊列かげろへる

b0048657_11182815.jpg陽炎

強い日差しのために空気の密度分布に異常が起こり、
ゆらゆらと物のかたちがゆらいで見える。






あれは、まだ成田空港が完成する前だから、
もう28年くらい前のことになるのだろうか。

羽田からアンカレッジ経由でパリに行き、
そこからモロッコに旅したことがあった。

マラケシュの砂漠に出かけたとき、
陽炎の彼方からキャラバンの隊列がやってきた。

ああ、こんな人生もあるのだなぁ、
そんな感慨を持って、私は見つめていた。
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         キャラバンの白き隊列かげろへる  麗蘭
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by leilan | 2005-04-13 11:26 | 俳句

尽くす愛と渇く愛

その昔、
松尾和子とマヒナスターズがうたって一世を風靡した
「誰よりも君を愛す」の中に、

♪愛したときから苦しみが始まる

という歌詞があった。b0048657_1025412.jpg

人間とは身勝手なもので、喉が渇いて、
お水をちょうだい、
もっとちょうだいと欲しがるように、
もっと愛して、もっと愛してと、
きりもなく相手に愛を求める。
だから、愛した瞬間から苦しくなる。
しかもこの世でいちばん苦しい。

これは愛のかたちをとっているけれども、
とどのつまりは他の人を愛しているのではなく、
自己愛だからだ。
自分がその人を好きになったのがうれしいから、
気持ちがいいから愛しているにすぎない。

自己愛は、
結局相手に報酬を期待する。
見返りを求める。
恋愛をして、自分が好きになったら、
相手にも自分を好きになってもらいたい。
自分が心の愛を与えたら返してほしい。
利息をつけて返してほしい。

期待どおりにいけば、
これが人生でいちばん楽しいことだと思いますけれど、
なかなか・・そうはいかない。

そういう恋愛は、
相手を自分のものにしようという独占欲で、
これが起こるから苦しくなる。
そこには嫉妬がともなうから、
愛したと同時に苦しみが生まれる。

ならば、
そんな苦しいことをしなければいいと思うかもしれないが、
だれも愛さない、だれにも愛されない人は、
やっぱり生きている甲斐がないような気がする。

衣食が足りていても、
心が淋しいと人は生き甲斐を見失う。

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そういう悲しいことにならないようにみなさん、
人を愛してください。
愛されるより愛する人になりましょうよ。

そして、淋しい顔をしている人が身近にいたら、
精いっぱい愛を注いでください。

それが生きていることだと思います。
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by leilan | 2005-04-13 10:53 | Leilan's Bar

俳句  花の下ヘッドライトに唇(くち)離る

グリコのキャラメルは、
一粒で300メートルだった。

桜前線は幾粒のグリコを舐めて、
ぐんぐん北上して来るのだろう。

花見といえば、
昔から千鳥ヶ淵や靖国神社だったが、
家の近くの逢坂から眺める外堀の桜もなつかしい。

花冷えとはよく言ったもので、
桜の咲く頃は寒さが戻って冷え込む。

しかーし、女だてらの左利きである。

靖国神社のおトイレは長蛇の列。
もう大変なのだ。

女はそれを我慢できない!

でもって私は、
靖国神社の駐車場で、
英霊の見守る中、
オシッコいたしました。

今、ここに告白します。

もう20年以上も前のことだ。
婚約者が、
ぶるぶるしている私を見あぐねて、
「よし、ここでしたらイイ。俺が見張っているから」
と言う。

もう神域もへったくれもないのだ。

白いボトムを英霊の御前にさしだし、
玉砂利に怒涛のごとく放出すると、
少し離れた所にいた彼は、
「音が聴こえてきま~す」
なんて笑うのだ。

そのうち、
近くに人がやって来る気配があった。

しかし、この音が、
・・・・・・どうにもとまらない。

すると、いきなり彼は歌をうたい出した。

♪さーらーばラバウルよ~
 またくるまぁでぇは~

軍歌の選曲は英霊への気遣いだったんだろう。

なんだか、
ゴッホの絵に申し訳ないような話になってしまった。

お粗末の一席。


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Van Gogh


     脇腹の着物のしめり花疲れ   麗蘭

     花冷や箪笥の底の登山服    麗蘭

     花の下ヘッドライトに唇離る    麗蘭
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by leilan | 2005-04-11 09:17 | 俳句

俳句  目瞑れば祖国の桜あふれ出づ

もう10年ほど、日本の桜を見る機会に恵まれない。
一昨年、その時期に帰国したが、
残念ながら一週間ほどズレ、後ろ髪を引かれる思いでハワイに戻った。

桜といえば、私には西行で、やはりこの歌が思い出される。


   願はくは花の下にて春死なむ
       そのきさらぎの望月のころ  西行(山家集)


その如月の望月の頃に亡くなったひとがいた。
あれから、もう3年になるのか・・。
ハワイに来て、あのひとには本当によくしてもらった。


   目瞑れば祖国の桜あふれ出づ    麗蘭

   風鳴りて落花流るる山の端に     麗蘭


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by leilan | 2005-04-10 09:51 | 俳句


バッカスの神さまに愛されたい
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