<   2005年 06月 ( 37 )   > この月の画像一覧

『俳句』  位置について用意しなさい蝸牛(かたつむり)

♪I'll Never Fall in Love Again
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          位置について用意しなさい蝸牛  麗蘭





Shall We ダンス?
b0048657_9342958.jpgさっきのこと。
アメリカン・セービング・バンクで用事を済まして帰って来る道すがら、日本人のおばちゃんが地図片手に「困惑」って表情をしていた。

迷子になっちゃたのかな? 
ちょっと可哀想だったんで、
「どちらへいらっしゃりたいんですか?」
と声を掛けてみた。

そしたら、
「アタシね、アラモアナに行きたいんだけど、どうやったら行けるのかしら?」

「あ、それじゃ、ここから8番か19番か20番のバスで行くといいですよ」
「18番と20番?」
「いえ、8、19、20、です。番号をメモしてあげますね」

何て親切な女。私ってば。もォ。
ってここまでなら、ええ話なんだけどね。

親切の喜びに軽く酔いながら、
私が歩き出そうとしたら、おばちゃま、かばんをゴソゴソやり始めた。
で、写真を取り出して、
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「アタシね、ダンス教室に通ってんの。千葉で」

ああ、社交ダンスか。
『Shall We ダンス?』に
影響されちゃったクチかな? 

「へえ、今どんなのやってるんですかあ?」
写真を覗き込むと、
ゴージャスな衣裳のおばちゃまがポーズとってる。
ちょっと、ここはお愛想の一つでもと、

「まあ! 情熱的なムードがあふれてますこと」

うかつにも、おばちゃまにエサを与えてしまった。
そしたら激しく食いついて来て、

「そう? タンゴはステキよぉ。もうね情熱的で、
いやなこととか全部忘れちゃうんだから。
セックスよりいいくらい 」

おーっと、何を言い出すの。セ、セックスよりいいって・・・

「この歳になると夫婦関係なんてないじゃない。
でもね、ダンスがあればセックスなんていらないのよ」

いや、訊いてないって。

b0048657_9385876.jpg「何て言ったらいいのかしら。ホントにね、
体がパァーってアツークなるのよ。
すごい快感なの。
もうね、エクスタシーよっ! 」

と、留まるところを知らないおばちゃま語り。

周りはアメリカ人ばかりだからいいけれど、
誰か、日本語知ってんじゃないか、
ハラハラしちゃうぜー


ハートに火がついちゃったおばちゃまは、
ダンスの魅力を性に置き換えて語り続ける。続ける。

ようやく、8番のバスが来て、
「あなたもダンス習いなさいよ。萌えるわよ~」
そう言い残し、
エクスタシーおばちゃまはバスに乗った。

女は灰になるまで・・・


老舗倒産
b0048657_9512714.jpgゴルフをやる人間だったら、誰でも知っている。
「本間」という名前は。
それが民事再生法の適用申請ときた。

ちょっと驚きましたね。
まあ、ゴルフ業界全体が苦況には間違いない。

しかし、本間は例の「せめてなりたや大名に...」
のあの本間一族の会社じゃなかったかな。
思い違いかな。

米相場を作ったのも、本間家の力が大きかったと言われるし、
チャートのかなりの部分を考えた人も輩出した。
面白い一家だったと思ってた。

負債は300億円ちょっととも。
いくら名前が通っていても、
今は環境の悪化で会社を取り巻く状況は悪くなる。
全体の景況は上向いていても、
こうした老舗の倒産は今後も起き続けていくのだろう。

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by leilan | 2005-06-21 12:06 | 俳句

わたしが無人島につれてゆく僻愛の10枚(限定:JAZZ)

haruhicoさんの『社怪人日記2005』
1300本&10万アクセス到達記念トラックバック企画】にTB

jumpin さんのエントリから、とらばの輪をつなぎます。

『G♯A♭』 jumpin 嬢 セレクションの10枚はこちらです。


          無人島に土用うなぎを出前せよ  麗蘭

            

b0048657_3563619.jpgPlays Misty

Erroll Garner


散りもせず手折られもせず水中花







b0048657_4103631.jpgA Pertrait of Thelonious

Bud Powell


サングラス外してわたし見つめてよ







b0048657_4401673.jpgSolo Monk +9

Thelonious Monk


たんぽぽのわた発つ世界一周へ







b0048657_44597.jpgBlues Etude

Oscar Peterson


蛍の夜大きな手に手重ねたり







b0048657_501413.jpgPortrait in Jazz

Bill Evans


ゆふぐれの枯葉フランス語で散りぬ







b0048657_562750.jpgStar Dust

Lionel Hampton


ギャルソンのみな年老ひしビヤホール







b0048657_5114791.jpgCookin'

Miles Davis


秋灯のうしろに夜のミシガン湖







b0048657_5195097.jpgModern Art

Art Pepper


わかれきて花みな朱き盛夏かな







b0048657_5255396.jpgAt Basin Street

Clifford Brown & Max Roach


沈丁花デジャヴデジャヴの坂の街







b0048657_531173.jpgMy Favorite Things

John Coltrane


焼跡にアリスはうさぎ見失ふ







b0048657_5351642.jpgFull House

Wes Montgomery


ハイウエイ君の故郷は峰雲の下







あなたもセレクションしてみませんか。


*********無人島に持って行く10枚のCD トラバテンプレ********
【企画名】   無人島に持って行く10枚のCD
【コンセプト】 無人島に10枚のCDを持って行くとしたら何を持って行く?
【ルール】   1.音楽CDに限る
         2.1アーティスト1枚に限る(オムニバスはOK)
         3.ベスト盤は1枚に限る
         4.市販されたCDに限る
         5.n枚組はn枚と数える(2枚組なら2枚、5枚組なら5枚)
【期限】    2005/6/30まで          

※このテンプレを必ず文末にコピペしてください。
【企画元】  『社怪人日記2005』 http://haluhico.exblog.jp/
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by leilan | 2005-06-21 12:00 | とらば&とらば

『俳句』  五月雨や男に櫛を貸しやりぬ


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            五月雨や男に櫛を貸しやりぬ  麗蘭
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by leilan | 2005-06-20 09:15 | 俳句

ヨイトマケの唄
            丸山明宏(美輪明宏)と三島由紀夫
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            父ちゃんのためなら エンヤコ~ラ 
            母ちゃんのためなら エンヤコ~ラ 
            もひとつおまけに エンヤコ~ラ


           この部分だけですが、ここで試聴できます。



ヨイトマケとは、建築現場の地ならしをする土方仕事のことである。
昭和30年代までは、あちこちで見られた光景だった。

丸太を三本組み合わせてピラミッド型を作り、
真中に重しをロープで吊り下げ、
「エーンヤ」と引っ張って上にあげて、
「コーラ」で手を離す繰り返しで地ならしをする。

丸山明宏(昭和10年生まれ)の小学校時代、
友人のおかあさんがヨイトマケの仕事をしておられたという。

小学校でその子が、
「ヨイトマケの子供、きたない子供」
といじめられ、はやされて、くやし涙にくれながら、
「母ちゃんに慰めてもらおう、抱いて貰おう」
と泣いて帰った道すがら、
母ちゃんの働くところを見る。

男たちに混じり、汗まみれ土まみれになって働く母の姿。
「エーンヤ」、「コーラ」と、唄いながら作業する姿。

「男にまじって綱を引き、
天にむかって声あげて、
力の限りにうたってた、
母ちゃんの働くとこを見た」
のであった。

その「母ちゃんの姿を見たときに、
泣いた涙も忘れはて、
帰っていったよ、学校へ、
勉強すると云いながら」

・・・歳月は流れ、
「何年たった事だろ、高校も出たし、大学も出た。
今じゃ機械の世の中で、おまけに僕はエンジニア、
苦労、苦労で、死んでった、母ちゃん、見てくれ、この姿」

親孝行、したい時には親はなし。

「何度か僕も、グレかけたけど、
やくざな道は、踏まずにすんだ、
どんなきれいな、唄よりも、
どんなきれいな、声よりも、
僕を励まし、慰めた、母ちゃんの唄こそ世界一」

そして
「父ちゃんのためならエンヤコ~ラ 子どものためなら エンヤコラ」
でエンディング。
心に沁みるいい唄だ。

こういう唄を前にしたとき、我々はもはや語る言葉を持たない。
頭をたれ、ただただ涙するだけである。

この唄は長い間、NHKで放送禁止になっていた。
「土方」という言葉が差別用語なのだという。
しかし、私の世代には当たり前で、
土方しなければ生きて行けなかった人が周囲にたくさんいた。

いま、工事現場で女の人が汗水たらして働く姿を
見掛けることはなくなったが、
日本がまだまだ貧しかった時代には、
口に糊するため、子供を育てるために、
土方仕事をするかあちゃんは多勢いた。
何が差別か、その働く姿は立派ではないのか。

はじめて「ヨイトマケの唄」を聴いたときの衝撃は忘れらない。
確か「木島則夫モーニングショー」で丸山明宏が唄ったのだ。
おそらく、小学校3年の頃だったと思う。
その日は、きっと祭日だったのだろう・・・
茶の間に家族全員揃っていたから、たぶんそうだ。

朝ごはんを終えて、祖父と父は仕事の話をしていたと思うし、
私は、まだ小さかった弟と遊んでいたのだと思う。

ところが、この唄がはじまると、みんなテレビに釘付けになってしまった。
台所にいた祖母や母もテレビの前に集まって・・・
そして、みんな涙をぬぐっていた。

大人たちは、戦争をはさんで誰もが苦労していた。
昭和40年、ようやく高度成長のとば口に差し掛かっていたが、
日本の家庭はいずこも決して豊かではなかった。
やれ子供が進学する、病人が出た、葬式を出さねばならぬ、
そんな時にはお金を融通し合ったり、手を貸したりして、
助け合わねば、まだまだやっていけない人が多勢いた時代だった。

おそらく、ある程度以上の年代の方なら、
ヨイトマケの唄は知らぬ人のいない唄であろう。

かつて銀巴里で丸山明宏の仲間だった作家のなかにし礼は、
これまで日本で生まれてきたあらゆる唄は、
この唄の前に吹っ飛んでしまったことだろう、と絶賛する。

それにしても、昔の母はたくましく、そして美しい。

誰しもが若い頃は母親に反抗しただろう。
その刃向かう子に注ぐ母の眼は哀しくも暖かい。
母性愛とは、すべてを許す愛である。
私自身、当時の母の年代を過ぎてみて、
その有り難さを身に沁みて感じるようになった。

作詞作曲丸山明宏、現在の美輪明宏自身のオリジナル曲である。

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クラシック歌手をめざして故郷の長崎から
東京の国立音大付属高校へ進んだが、
実家の破産で中退し、プロ歌手に。
銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」の専属となり、
16歳から40年、ここで歌った。

昭和27年ぐらいかしら、
新宿駅の西口にあった小さな公園で
ホームレスをやってたことがあるの。
駅の地下道にはまだ戦争で焼け出された人たちが住んでた。

高野の裏は屋台が並んでて、紀伊國屋もなくて、
その前の通りは泥道。
歌舞伎町は普通の家だけだった。

でも街頭のスピーカーから流行りの音楽がいつも流れててね。
みんな貧乏だったけどロマンティックな時代でしたよ。

銀座へアルバイトに行き始めた頃は、
都電に乗らず歩いて通ったものよ。
食うや食わずだったから痩せてて、
ウエストなんて48センチくらいしかなくてね。
三島由紀夫さんに、
「きみ、その中に本当に内臓が入ってるんだろうね」
なんて言われましたよ。

銀巴里は芸術家のサロンでした。
三島さんや江戸川乱歩さんも来て下さって、
寺山修司さんはまだ学生。
作家や画家、芸大生、ジャーナリストたちが集まり、
芸術の発信地でした。

芸名を「丸山明宏」と改名したころ、
井原西鶴の「男色大鑑」のお小姓をヒントに「服装革命」と称して、
女もののレースやサテンをまとった。
紫ずくめの姿で歩き、「銀座におばけがでる」と有名に。
昭和32年、シャンソンの「メケメケ」がヒット。
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その後は一転して、「ヨイトマケの唄」など自作の歌を歌い始めた。

シンガー・ソングライターの走りですよ。
哲学や信条を詩にして曲を作って歌う人は、
フランスのシャンソン歌手にいましたが、日本にはいなかった。

私は被爆もしてますし、
貧しい炭鉱街に歌いに行った経験から、
つらさや悲しみを歌った戦争反対の歌とか従軍慰安婦の唄、
ヨイトマケの唄を作りました。
毛皮も宝石もやめてノーメーキャップでワイシャツ一枚で歌う。

仕事がこなくなって干されました。

でも間違ったことはしてないと思ってました。
昭和40年にテレビで「ヨイトマケの唄」を唄ったら、
ものすごい反響があってカムバックできました。

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「ヨイトマケの唄」が大ヒットしたのは赤坂にいた時でね。
貧乏するのはもうイヤだから方位を見てもらったら、新宿がいいと。
それで西口の今の都庁の向かいにあるマンションに住んだのよ。
その場所を選んだのは、
私が西口でルンペンやってたあたりを見下ろせたからなの。
復讐心みたいなものね。
「ヨイトマケの唄」がヒットして、
やっとマトモだって言われるようになった。

「母ちゃん、見てくれ、この姿」
母ちゃんという言葉の響きが良い。


♪ヨイトマケの唄

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by leilan | 2005-06-20 09:10 | Leilan's Bar

『俳句』  君恋へば天に涼しき白鳥座

♪東京キッド
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           君恋へば天に涼しき白鳥座  麗蘭





手を振る女

b0048657_619515.jpg学生時代、よく教授に当てられてた。
その理由を訊いたら
「なんか、答えてくれそうな顔してるんだよ」
って言われた。
要は、
「ノーといえない女」
ってことか。


そのせいか、道を歩いていても、当たり前に声をかけられる。
ワイキキではほとんど毎日道案内、これはまだしも、
日本に帰ると、宗教の勧誘やら、
キャッチセールス、アンケートにご協力、
手相の勉強をしてるんですけどぉ、などなど。

どうもいいカモに見えるらしい。

ずいぶん前、九段近辺を弟と歩いてた。
まあ例のごとく、どーでもいいバカ話をしながら・・・。
あの界隈、皇居があるから観光バスが多い。

そしたら、そばを通り過ぎた観光バスを見て、
弟がいきなり笑い出した。

「何? どうしたの?」
「今のバスの窓見た?」

聞けば、バスに乗ったじーさんばーさんたち数名、
何故か窓から手を振っていたとのこと。

「うちらとカンケーないんじゃない?」
「だって、他に人いないじゃん。おねえちゃん見て手振ってたよー」
「何で私なわけ?」
「おれ、今まで、そんな目にあったことないもん」

なんか、失礼な言い草。

見れば、バスは少し前で信号待ちしてる。
なんかやだなあ、あのそば通るの。
そうこうしてるうちに、バスのすぐそばまで来ちゃった。
弟は、面白がってせっついてくる。

「ほら、どうする?」
「どうするって何が?」
「手ぇ振ってあげないの?」

ちらとバスの窓に目をやったら、弟が言ってた通り。
こっち見て、にこやかに手を振ってる。

仕方なく手を振り返したら、じじばば、大喜び。
弟、大爆笑。
つうか、お前も、手ぇ振れよ! 

でもね、安心するのはまだ早かった。
信号が変わったら、また後ろからさっきのバスが追って来た。
はいはい、やります、やりますよ。大サービスだかんな。
バスがうちらを追い越す瞬間、
スマイルもつけて、さっきより派手に手ぇ振ってやった。
バスの中の満足そうな顔。

で、さっき、
ワイキキを歩いていたら、
トロリーバスに乗ってた女の子3人に手を振られた。
自分でもわからないのだが、こんなのが四六時中ある。
まっ、私も慣れたもんで、
ハァ~イってな感じで手を振り返した。



Yasukuni Issue

b0048657_623051.jpgさっき、このブログを見て「はて?」と思ったことがある。最近のトラックバックの欄に、

  「未来に続く靖国問題 from ◆木偶の妄言◆」

私、靖国関連からトラックバックされるようなもの書いたっけ? 
と思いつつ、

その先をたどれば、これが俳句だった。

  九段ゆく母よ昭和の日傘して

論議は大いに結構。
しかし、ジャーナリストの書くブログに気になる点がある。
靖国論議を一段高い視点からの考察のよう表現し、
結論を押しつける方向へそれとなく誘導するエントリを見かける。
まあ、この問題に関していえば、すでに新聞がそうした論調だ。

例えば、中国等からの圧力ではなく、
感情論を抑制し国内問題・日本の進路問題として論議すべきであり、
日本の価値感を統一し結論を出すことが必要であるみたいなきめつけ。
その中身は反感が出ないように工夫されている。

この考え方は、まさしく全体主義だ。
歴史観や死生観が違えば、靖国への思いは違って当然だ。
違うということが、むしろ健全なのだろうと思う。

私の俳句へトラックバックされた方には、
私の思いなどわからないだろうし、
それを話してみたところでどうなるものでもない。

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by leilan | 2005-06-20 00:00 | 俳句

おまじない
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ワイキキ某所で「鯛のあら煮」を食べていた。

前日に、友人とディナーの約束が出来てからというもの、
私は、鯛の頭を思いつめていた。
何というか、脳も舌も胃袋もぜんぶそちらへ向いていた。

私は魚の唇を自分の口に入れ、
皮とわずかな肉をしゃぶり取ると、
半月形の小さな骨を、骨入れの鉢に投げ入れた。
つづいて、砂摩(すなずり)にとりかかったとき、
小さな骨が咽喉に刺さった。

「ウッ、骨が刺さったみたい」

咳払いしてみたが、そのくらいで取れはしない。
それをすばやく察知した仲居頭の女性が、

「よう効くおまじないが、おますがな」
「ごはんの塊を呑む、なんてやつかしら?」
「そんなことやおまへん。由緒正しいものだっせ」

そう言いながら、調理場の奥へ姿を消した。

まもなく、彼女は、片手に水の入ったグラス、
もう一方の手に細長い小さな紙をもって、戻ってきた。

ケバ立つような和紙で、
「とげ抜き地蔵」という毛筆の文字が印刷されている。
その和紙を示して、仲居頭さんは説明する。

その和紙で、咽喉のところを撫でまわしながら、
「お地蔵はん、お地蔵はん、どうぞトゲ抜いておくんなはれ」
と三遍繰り返してから、紙と水を一緒に呑み込むのだ。という。

「あいや~、おねえさんがそのおまじないを替りに言ってもらえませんか?」
紙切れを指先でつまみながら頼むと、
「それはあきまへん。ご自分で言いはらへんと、効き目ちいともおまへんわ」

そばで成り行きを見ていた友人は、もう可笑しくてたまらない。
「れいさん、やってみたら(ニヤニヤ) 一人でぶつぶつ言ってごらんなさいな」

「一人でぶつぶつ言うのォ?」
仲居頭さんは真面目な顔して、促すようにグラスを差し出している。

やむなく、和紙を咽喉の皮膚に当てて、教えられた言葉を呟き、
「これでいいでしょうか?」
「あきまへん。三遍唱えなんだら、ご利益はおまへん」

仕方なく、同じ文句をあと二回繰り返した。
横目で友人を見ると、笑いを噛み殺すのに必死である。

紙片を口に含み、水を一緒に呑みくだすと、
たちまち、咽喉の違和感がなくなった。小骨が取れてしまった。

「どないだすか」
「おかげさまで、取れました。ありがとうございます」
「そうだっしゃろ。このおまじないは、よう効きまんねん」

水を含んでしなしなになった和紙が、
骨をくるみこんで胃の腑に落ちてゆく光景が眼に浮かんでくる。
そうとなれば、理屈に合った事柄で、おまじないではない。

この光景を、隣席にいた4人の白人が興味津々の態で見詰めていた。
It worked out peacefully.(円満解決しました)
と4人にウインクしたら、
Congratulations!
と高らかに拍手してくれるのだった。

ちと、恥ずかしかった。

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by leilan | 2005-06-19 22:02 | ハワイ身辺雑記

『俳句』  六月や水車をまはす水の束

♪埴生の宿
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            六月や水車をまはす水の束  麗蘭




埴生の宿
b0048657_15123713.jpg「ビルマの竪琴」

太平洋戦争末期のビルマ戦線、井上隊長率いる小隊は英軍に包囲される。窮地を悟られぬよう「埴生の宿」を口ずさんでみせた彼等が耳にしたのは英軍兵士が歌う同じメロディーの「埴生の宿」だった。収容所へ向かう一行の中で水島上等兵に特命が与えられた。終戦を知らずに抵抗を続ける日本軍に投降を呼び掛けよというものだった。だが、説得に応じない同胞が次々に玉砕する様を見、赤い大地に累々と横たわる屍を見た水島はある決意をする。「おーい!水島!一緒に日本へ帰ろう!」戦友たちの声を背に僧となった水島上等兵がビルマの大地を歩く・・・

心ならずも戦争に行き、よその国を荒らす。
そんな戦いのむなしさ、
悪いことをしたと現地に残る日本兵がいるということ。


長崎原爆:米記者のルポ原稿、60年ぶり発見
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被爆直後の長崎をルポした米記者の原稿が、アメリカの検閲で闇から闇に葬られたが、その原稿が60年ぶりに発見されたという毎日新聞の記事。

これは大スクープというべきだろう。



長崎原爆:米記者のルポ原稿、60年ぶり発見 検閲で没収

長崎原爆ルポ:波紋広がる 「60年の空白」に怒り

日本の伝統主義者(右翼)たちの不可解に、この原爆がある。
日本は世界でたった一つの被爆国なわけで、
本来なら「原爆反対!」と日の丸を掲げ街宣するのが、
国粋の伝統主義者たるものじゃないのか、と、まあ素朴に思う。
が、実際はそうならない不思議。不可解。


アースダイバーb0048657_13465872.jpg
中沢新一の『アースダイバー』が面白い。

うちの弟が、
でんぱ系のおねえちゃんが好きそうな本だから」って、ハワイ旅行の友人に託してくれたのだ。

でんぱ系って、、、あたしゃ「マスプロアンテナ」か?

♪見えすぎちゃって困るのぉ~ って、マスプロアンテナのCM知ってます?
ま、確かに、幽霊なんかよく見る体質なのだが。

「アースダイバー」
この言葉、めちゃくちゃカッコイイが、
アースダイバーはアメリカ先住民の神話らしい。
はじめ世界には陸地がなく、一面水に覆われていた。
勇敢な動物達が、水に潜って陸地を作る材料を探してくる
困難な任務に挑む。
ビーバーやかもめが失敗した後、
最後にカイツブリが水にもぐり、
水かきにひと握りの泥をつかんで持ってくる。
その泥を材料にして、陸地は作られるという神話。

神さまが頭の中に描いたプログラムで世界を作ったのではなく、
水中深くダイビングして取ってきたわずかな泥を材料にして、
からだをつかって世界は創造された。
この街も同じではないのか?
中沢新一は縄文海進期の地図をもって、ママチャリに乗り、
「アースダイバー式」東京の旅にでる。

そして、見たこともない野生の東京が立ち上がる。
縄文の夢、江戸の記憶・・・。
太古の聖地にはタワーが聳え、沼は歓楽街へと姿を変えた。
地下を流動するエネルギーと
この街の見えない構造を探る神話的精神の冒険!

岬は「サッ」といわれる場所であり、
そこはかつて現世のルールから免れて生きているものが、
死者と交わる聖地だった。
縄文期に人が海を見渡したであろう聖地に、
21世紀の今日いまだ神社がある不思議。
そして、ほとんどの放送局がなぜかそこにある不思議。

「サッ」には神と交信できるでんぱ系が昔からいた場所で、
現在そんな場所によりによって放送局(電波)があるのよ~
誰も縄文時代の地形なんか知らなかったのに、
あるべくしてあるんだよ~、
というのがおもしろい。

こういう不思議にウハウハするから、
まあ、弟のヤツに「でんぱ系」と笑われる。

でも、縄文ていうのはいまでも生きているんだョ。
なんとなくやな土地だとか、なんとなくいい土地だとか、
そういう雰囲気は変わらないのね。

縄文地図を見ると、
渋谷の宮益坂あたりは川に沿った横穴の住宅地で、
渋谷駅は大きな深い川。
円山町は台地で裏手に湧き水の出る神泉があった。

神泉というと、殺害された東京電力の女性を思い出す。
彼女と私は同い年で、同じ時代を生きて来た。
だから、彼女のことはいまだに引っ掛かっている。

あの事件が起こるはるか昔から、
神泉はなんだかまがまがしい土地のような気がして、
なんとなく私は避けていた。
そこが、かつて火葬場で、
人を葬る人が多く暮らすところだったと、この本で知った。
死にまつわる場所を私は避けていたんだろうか。

昔から、なぜか湯島天神が好きだった。
なんて気持ちのいい場所なんだろうと思っていた。
それが、縄文地図を見ると、
湯島天神はほんとうに太平洋が一望できる岬だった。

都心なのに、風に吹かれているような場所だし。
湯島天神から切通坂を見下ろすあの感覚は、
岬から海を見る感覚だったんだと思うと納得がいく。
古い神さまは縄文の川の傍にいる。

東京タワーや品川駅も、
想像通りのにぎやかさで縄文期にも人が暮らしていた。
芝公園は古墳が満載だ。

さて、残りを今晩、読むぞー



蛍、写生句

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  木橋ゆく濃墨に蛍また蛍


濃墨(こずみ) 墨色の濃いもの。



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by leilan | 2005-06-17 22:20 | 俳句

めざましいアメリカのがん治療

一昨日の極東ブログのエントリ
「米国の話だが保障の薄い医療保険は無意味」
アメリカに暮す者にとっては、まさにその通りの内容だった。

私のようなおばさん世代になると、普通の医療保険のほかに、
がん等の特定疾病対応の高額保険に加入している者が多い。
それは、アメリカの医療費がバカ高いせいなのだが、
アメリカのがん治療はこの10年でめざましい進歩を遂げたことが、
高額保険に加入する、もう一つの理由なのだ。

現在のアメリカで、がんはもはや不治の病ではなくなってきている。
政府が莫大な助成をして、がん治癒への旺盛な研究が行われている。
その成果がとにかくめざましいのである。

それで、興味を持ったのは、極東ブログのエントリでの、
読者間のコメントの遣り取りだった。

「etrnalwind」さんという方のコメントに対して、
現役の医師が二人、横レスしているのだが、
これを読んで、日本のドクターはだめねぇ、と率直に思った。

この応酬、「etrnalwind」さんはまったく、はずしていないのに対して、
ドクターのはずしっぷりはどうしたことか。

私が、こんなことを思うのは、
日米のがん治療を比較すべき事態に遭遇したからだ。

あれは、昨年の1月のことだった。
軽い面識がある程度の若い日本人留学生(26歳・女性)から、
電話がかかってきたのが発端だった。

彼女は、その一ヶ月くらい前から下腹部に鈍痛があって、
ワイキキのホテル内にある観光客向けのクリニックに行ったという。
そこで「卵巣のう腫」の疑いがあると診断され、
すぐに、ストラブ病院に回されたのだが、
のう腫はかなり大きくなっていて手術は早い方がいいという。
もしそれが悪性のものであれば、若いだけに転移が早い。
手術は4日後ということに決まった。
幸い、彼女は留学生疾病保険を日本で掛けてきていた。

彼女の家庭のことはよく知らなかったが、
手術にご両親が来られないというので心細くもあったのだろう。
彼女が唯一知っている中年が私だったらしく、それで電話してきたらしい。
私自身も若い頃、右の卵巣を摘出しているし、
ひとりぼっちで手術する彼女を放ってはおけなかった。
それに、こちらは手術しても翌々日には退院させられる。
食事や洗濯など、身の回りの世話も必要であった。

術後の組織検査は最悪の結果だった。腫瘍は悪性である。
しかも、ハワイでも5年に一人という特殊ながんで、
そのがん細胞はハーヴァードに送られたほどである。
すぐ、婦人科専門のカピオラニ病院に回されたが、
この段階で、がんはすでに子宮に転移していた。

このときのことは忘れられない。
私も病院に付き添っていったのだが、
ドクターから転移の告知を受けたとき、彼女は泣き崩れた。
まだ26歳、独身である。

手術と手術の間隔が最低3週間は必要ということで、
一回目の手術から3週間後、すぐ子宮と残りの卵巣の摘出が行われた。
そして、がんは、すでに胃の一部にも転移していた。
この頃、私は彼女のご両親ともまめに連絡を取り合っていた。
ご両親がすぐ駆けつけることができない事情も察していた。
そして、ご両親からは、親の代理ということで委任状まで頂戴していた。

ドクターが仰るには、
彼女のがんの特殊性は、普通、がん細胞は一種類なのだが、
彼女のがんには二種類のがん細胞があるのだという。
これは、非常にまれな例で、アメリカでもめったにないそうだ。

胃の転移については、抗がん剤を六ヶ月投与したいということだった。
かなり強い、三種類の抗がん剤を投与するが、
これによって、進行中のがんは100%退治する自信があると、
実にきっぱりと言われた(このきっぱりした態度には励まされた)

彼が婦人科系のがんではハワイ一の名医ということは聞いていたが、
それでも、私は、知人の日本人ドクターのところに足を運んだ。
それは、もし日本で同様の治療が出来るなら、
抗がん剤投与は日本で受けた方がいいのではないかと思ったからだ。
理由は、保険金のことである。
彼女の保険は上限が1000万円、二度の手術で使い果たしているはずだ。
アメリカで実費となれば、これは莫大な医療費となる。

知人の日本人ドクターはアメリカだけでなく日本でも実績のある人だったので、
彼ならば詳しいだろうと思ったし、彼は非常に思いやりのある人物だった。
彼はすぐにカピオラニのドクターと遣り取りをしてくれた。
私が、保険金の心配をしていることも話したようだった。
白い巨塔的な日本では考えられないことだが、
こちらは事情や理由がはっきりしていれば、
医師同士の情報交換は比較的オープンに出来るようだった。

で、彼は、日本では救命できないだろうという判断を下した。
これから使おうとしている抗がん剤が日本にはないという。
彼は、「日本とアメリカの医療では、30年の開きがある」とも話した。
これは、友人のアメリカの心臓外科医と眼科医(どちらも日本人)からも
聞いたことがる。

そして、カピオラニのドクターは、すぐに保険の残金等を調べてくれ、
保険の範囲で治療ができることを伝えてくれた。
(たぶん、特別の配慮だったのだろう。1000万で二度の手術と半年の抗がん剤治療はどだい無理だ。病院に一泊したら部屋代だけで20万円かかるのだ)

26歳の女性が、卵巣も子宮も失い、
しかも抗がん剤で、髪の毛は抜けてしまったが、
彼女はよく頑張った。それを褒めてやりたい。
彼女はがんを克服し、先月、無事学校も卒業し、笑顔で帰国した。
アメリカに助けてもらったとつくづく思う。

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by leilan | 2005-06-17 22:06 | とらば&とらば

『俳句』  驟雨来るけはひに背伸びフラミンゴ
♪そよ風とわたし
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          驟雨来るけはひに背伸びフラミンゴ  麗蘭






がきんちょ

b0048657_20512795.jpg日本にいた頃、よく御徒町の多慶屋へチャリに乗って、
ドッグフードを買いに行っていた。
飯田橋から御徒町までチャリで?
と驚く友人もいたが、直線コースで行けば意外に近い。

途中、湯島付近でのこと。
ランドセル背負った下校中の小学生が数名、
前の方ではしゃいでいた。
のどかな夕暮れの一コマ。

その集団を通り過ぎようとしたそのとき、
ひとりの小学生が給食袋をぶうんと振り回して
私の背中に当てたんだ。

何、今の?

振り返ると、ガキどもがキャッキャッ笑ってる。
その小学生から見たら、
私はどう見たって、お母さんと同年輩。大人だぜー。
なのに、恐れを知らないいたずらぶり。
なめられやすいのか?

で、先年帰国したとき、
またしてもガキにやられました。

そのとき私は、急いでたんだ。約束に遅刻しそうだったから。
もう約束に間に合わないかな? ちょっと走ろ。
で、前では子供がチャリをこいでいる。
あ、抜かしちゃおって、そのチャリを追い越そうとしたんだ。

そしたら、ガキがチラっと私を見て、
いきなりダッシュし始めた。立ちこぎだよ。
なによ、逃げなくてもいいじゃない。
ジャマだったから追い越そうとしただけなのよ。
別に、いじめようとか、脅かそうとかしてないんだけどなあ。
夜道で前を歩いているOLが速足になるようなもんか?

そんな私のフクザツな気分なんかどこ吹く風、
ガキはしばらく先に行ったら、
またペースダウンしてちんたらチャリをこぎ始めた。
しかも、チラチラ私のほうを振り返ってる。

おいおい、それじゃまた追いついちゃうよ。
おばちゃん、走ると速いんだから。
ほら、もう追いついちゃう。いいんだな、追いついても。
あーあ抜かしちゃうよ。
って、私が追いつきそうになったら、たら?
ガキはまたダッシュ!?

どゆこと? 
そうか、わかったわよ。遊ばれてたわけね、ガキに。
よく見たら、どことなく得意げだ。
「追いつけないだろー」みたいな。勝ち誇ってる。

でもちょと待って、君のそのあからさまなライバル心は、何よ。
おばちゃんは競争したいわけじゃないんだよ。仲間か、私は?
おばちゃんは急いでるんだよ。
遊んであげられないの。



■tamago さんの新しいブログだす

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(以下、tamago さんのブログから転載)


こんなブログを始めました。
えー、コホン。今日はちょっと宣伝を。

実は、こんなブログを始めました。

友人ライターと私とでしばらく前から企画していて
このたびやっとスタートしました。
仙台の横丁を1店ずつ紹介するブログ。

…と、言っても

ご覧いただければお分かりの通り
まだ1店だけのアップです。
2人で仕事の合間に取材、執筆していく予定なので
今後もそう頻繁にはアップできるかどうか
まだ分からないのですが。

仙台の横丁って個性的なお店がたくさんありますよね。
ユニークで楽しいお店を
各横丁ごとにカテゴリーを分けて
今後載せていきたいと思ってます。

使い慣れたライブドアとは勝手が違って
まだ体裁がしっかり整ってない部分もありますが
良かったら、たまーにのぞいてみていただければ。
どうぞよろしく!

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by leilan | 2005-06-16 01:50 | 俳句

レジ袋の狂気

b0048657_19301963.jpgクール・ビズというへんな名前の省エネファッションが話題になっている。

で、これで日本中が浮かれている。

情けないことに、大新聞までが社説に取り上げる。

ここが、日本人の悪い癖だ。頭隠して、尻隠さず。


省エネというと、すぐにエアコンとレジ袋ばかりを考える。

レジ袋を節約しよう、なんていう記事が、新聞にときどき出るが、
「何のために」という目的が、まったく見失われている。
石油資源を節約するためなら、レジ袋を廃止しても、ほとんど無効だ。
日本中の大量の廃プラスチックのうち、レジ袋なんて、ごくわずかだ。

最近、大型テレビが話題である。
その消費電力を調べた記事があった。
プラズマ、液晶、リアプロ(リアプロジェクション)の
消費電力を比較して、
475W、315W、198W という数値を示している。
プラズマであれ液晶であれ、大量に電気を食う。

これを、レジ袋と比較するといい。
レジ袋で5W分ぐらいの石油資源を節約しても、ほとんど無意味。
レジ袋で節約できる資源に比べて、
その何倍もの資源を、大型テレビで無駄に発生させる。

だから、レジ袋を節約しても、頭隠して、尻隠さずだ。
頭だけ隠して、
「見えるところは全部隠したから、もうこれで大丈夫。オーケー」
と思い込んでも、マヌケである。

ところが、有料化の推進を正しいと信じ込んでいる推進派の人々は、
「レジ袋の有料化に反対する店に対しては、制裁すべきだ」ときた。
朝日の記事 「有料化を徹底させるために、業界を指導、勧告し、規制効果を持たせたい考えだ。」

なんか、恐怖の統制政治再来?
これじゃ、経済における自由な活動という基本理念を、
根本から破壊しようとしている。

つまり、環境改善は善であるから、
この善なる活動から逸脱する輩には厳しい制裁を加えよ、
というわけだ。恐ろしいことだ。
ここでは、「発想の転換」がなされていることに気付かれるだろうか。
今までは自由な活動が憲法の下で保証されていたのに、
一転して、「正しいことのためには全員を統制せよ」というふうに、
価値観が正反対ものになってしまった。

レジ袋有料化・・・これは、
マスコミ主導の狂気の政策として、長く語り継がれることになるだろう。

b0048657_19385269.jpg

              マサイのスーパー・マーケット
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by leilan | 2005-06-16 00:49 | 浮世草子


バッカスの神さまに愛されたい
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