<   2005年 08月 ( 29 )   > この月の画像一覧

『俳句』  饒舌のをんな二人や葡萄食む

b0048657_12475048.jpg

            饒舌のをんな二人や葡萄食む  麗蘭





味覚粗野のアメリカでも、
特にハワイは美味しいものの無いところと思われている。
先だって、ニューヨーク・タイムズの食味コラムニストに会い、
「ハワイのレストランで何処が美味しいと思われますか?」
と訊いたら、

"Nothing in Hawaii , absolutely nothing in Hawaii."

と言われたけれど、
必ずしもそうではない。

観光客の知らぬチャイニーズ、タイ、ベトナミーズで、
なかなかの小店がある。

ただ、こういう店には栄枯盛衰があって、
中国人や東南アジア人のオーナーにすれば、
「アメリカの奴ら、何食べさせても同んなじ。味のことちっともわからない」
と、確かにそう言いたくなるだろうが、
それで手を抜き出した店は、
だんだん客が寄りつかなくなり、
数年経たずして代替わりしてしまう。

「味の良し悪しに鈍感な人、一杯いる。
だけど、自分が作れないだけで、分かる人もたくさんいる。
アメリカ人を馬鹿にしてはいけない」
という建前の店が、結局長続きしている。

ところが、この手の店が繁盛に気をよくして、
ワイキキの一等地に進出し、
構えを広げたりすると、
たちまち駄目になる。

どうも、こういううまいもの屋は小店のうちが花で、
食べ物商売で巨富を築こうと思ってもそれは無理らしい。
観光客や不特定大多数を相手に華々しい成功をしたければ、
もっと別の算段手腕が要るのであって、
これもまた一種の才能だから、馬鹿には出来ない。

「商売というのは、チャチを相手にするのが一番儲かるんだよ」
と、祖父はかつて言った。
[PR]
by leilan | 2005-08-31 06:49 | 俳句

『俳句』  花カンナ寝たりてなほも眩しかり

b0048657_12595875.jpg

           花カンナ寝たりてなほも眩しかり  麗蘭






遅ればせながら、月刊誌「文学界」7月号を読んだ。
関川夏央が司馬遼太郎の「『坂の上の雲』を読む」を連載していて、
これがなかなか面白いので、日本から送ってもらっている。

その7月号では、
乃木希典の旅順攻撃の評価についてふれていた。

乃木は参謀の伊知地とともに、
海軍の策定した203高地攻撃に見向きもせず、
大要塞の玄関口から攻め込んでいく真っ正直な戦法をとる。

そのため、190日を要し日本側の死傷者6万人という、
世界史上、又とない未曾有の流血記録を作った。
結局、児玉源太郎が総司令部の仕事を一時捨て、
旅順にやってきて主導権をにぎり、
203高地攻撃をし、旅順攻撃は急展開した。

この一件からして、
乃木の、軍人としての「無能力説」は多くから指摘されるところであるが、
司馬もこの作品の中で、
「驚嘆すべきことは、乃木軍の最高幹部軍の無能よりも、
命令のまま黙々と埋め草になって死んでいった
この明治という時代の無名日本人の温順さであった」
と乃木らの作戦を批判している。

関川さんはこうした司馬の批判について、
「司馬遼太郎はその性として、
スタイリストと精神主義者を好きでありませんでした。
戦争体験者として戦後的合理主義者を愛する作家である彼が、
乃木に注ぐ冷たい視線は自然と思われます」
と述べている。

しかし、司馬はこの旅順攻撃について、
乃木だけを責められないこともまた述べ、
日本陸軍そのものがこの大要塞の認識について、
実に疎漏であったことを指摘している。

このことに関連して関川さんは、
かつて評論家福田恒存が展開した、
「乃木無能論」に対する反論を紹介している。

福田は、
「203高地が取れたのは、
第1回、第2回の総攻撃で本命の東北正面を主攻し、
敵兵力に大打撃を与えたからである」
と述べ、
乃木軍が行った第1回、第2回の正面攻撃よりも、
第3回の203高地攻撃の死者が遥かに多いことを指摘している。

さらには、
「司馬氏は将軍(乃木)を軍人戦略家として否定しながら、
その宿命的な生涯を同情をもって書いている」
とも述べている。

そういわれると司馬さんは、
ステッセルと乃木の会談にもふれ、
ステッセルが尊大さのない乃木に感激しその尊敬は生涯変わらなかった、
と言うことも紹介していた。

特にステッセルが地元で死刑の宣告を受けたときに、
助命の願いを出しているという。

このような乃木の人間性にもかかわらず、
旅順攻撃の作戦で多くの日本人を無意味に死地に追いやったことが、
司馬遼太郎には我慢がならないようだ。
その気持ちはよくわかる。




■反米と平和主義

日本における平和主義とは、
どうもその目的が平和ではない。
反米感情、反権力の感情が根底にあって、
それがそのまま目的になっている。

反米と自民党政権の打倒が、
つまり平和への道程だと勘違いしているんだな。

したがって、米軍の行動には全部反対する。
自衛隊にも反対する。

しかし、人民解放軍と名称が変わると、
ころりとおとなしくなってしまう。
旧ソ連軍にも平身低頭する。
[PR]
by leilan | 2005-08-30 06:31 | 俳句

『俳句』  パンドラの函に入れたしタイフーン

b0048657_7283152.jpg

          パンドラの函に入れたしタイフーン  麗蘭







みなさん、ただいま。
New Ark から コンチネンタルで戻って来たのですが、
隣席のコリアンの老実業家から伺った話が実に興味深いものだったのでメモ。

韓国の社会は二極社会になりつつあるという。
不動産がもの凄く上がったので、持てる人と、持たざる人の差が大きくなった。

韓国の1年物の預金金利は、現在3%前後になっている。
二桁が当たり前(!)だった韓国の金利が急速に下がってきている。
この預金金利の下落は、
「預金者の預金引き出し」→「株式への流入と一部不動産投資(投機)の増大」
をもたらした。

自分の娘の、子供に対するお金のかけ方を見ても、
韓国で子どもを育てるのはお金がかかる。
(韓国の出生率は1.16と、
日本の1.288を大きく下回り世界でも最低になった)
韓国民の教育にかける思いは強く、
それが出生率の低下に繋がっているのだろう。

世界でも伸び盛りの現代自動車で、部分スト、時限ストとは言え、
11年も連続してストが打たれているとは!
日本の自動車メーカーで最後にストが打たれたのは、
いつ頃だったかしら。
韓国の労使関係は、依然としてかなり対立的だということだ。

韓国のデジタル化は、公的な部門で明らかに日本より進んでいる。
一方で、金融などの世界では、
「不動産投機」が問題になるなど、20年ほど遅れているようにも思えるが。

それにしても、盧武鉉大統領の行っていることはなかなか理解できない。
彼の人気が高かったのは、就任前と、
竹島を巡る対日強硬姿勢を取ったときだけな気がする。

老実業家に、
「盧武鉉の次ぎに大統領になりそうなのは」と聞いたら、
ハンナラの今の党首や高建などの名前が出てきた。
しかし、まだ見えていない様子。

韓国では盧武鉉の政権支持率がかなり落ち込んでいる。
盧武鉉はハンナラに連立を持ちかけているが、
ハンナラからは相手にされないという状況。

まだ半分(2年半)任期が残っているのに、
政策では点数が稼げない盧武鉉政権の先行きは不安定だ。





■選挙がらみ

過疎地の郵便局がなくなると、
独居老人が年金を受けとれなくなると言うが、
そんな過疎地に、
老人をひとりで置いておく政治とはいったい何なんだ!





■うつ病の初期兆候について

朝の調子

○朝いつもより早く目がさめる。
○朝起きた時、陰気な気分がする。
○朝いつものように新聞・テレビを見る気にならない。
○服装やみだしなみにいつものように関心が向かない。
○仕事にとりかかる気になかなかならない。

職場での様子

○仕事にとりかかっても根気がない。
○決断がなかなかつかない。
○いつものように気軽に人に会うことができない。
○なんとなく不安でいらいらすることがよくある。
○これから先やっていく自信がない。

休日の心理

○いっそこの世から消えたいと思うことが最近よくある。
○テレビがいつものように面白くない。
○寂しくてだれかに傍らにいてほしいと思うことがよくある。
○涙ぐむことが多い。

からだの調子

○頭が重かったり痛んだりする。
○性欲が最近はおちている。
○食欲も最近はおちている。

以上の兆候のいくつかに心当たりがあったら専門家に相談してみましょう。
(笠原嘉「朝刊シンドローム」より)

自己診断チェックシート(SRQ-D) 東邦大式
   (社)日本精神神経科診療所協会



うつ病を治療していく上での心構え

○「うつ病は病気である」という認識をもつ。
○うつ病の治療には休養が必要である。
○治療には半年から一年の期間が必要。
○どんなにつらくても自殺だけはしない。
○大事な決定は先延ばしにする。
○治療中の「一進一退」を理解する。

まわりにうつ病の人がいたら・・

○不用意に励まさない。
  患者は「期待に応えよう」として、疲労しきった心と体にムチをうち、
  かえって負担になってしまう。
  頑張って!と励ますよりは、休養をすすめる。

○気晴らしに誘わない。
  人と一緒にいることがかえって苦痛に感じてしまうことがある。
  気晴らしに食事や旅行などに誘うとかえって悪化してしまう場合がある。

○症状がひどいときは受診をすすめる。
  心の症状で受診することは今では、特別なことではないことを強調し、
  医師の治療を受けることをすすめる。

○本人の言動に注意する。
  自殺を考えるほど深刻な状況に陥っている場合、
  言動にそのサインが現れていることがある。
  注意深く見守り、自殺願望が疑われたら早急に医師などに相談すること。




うつ病は私もやった。
生きているのが心底辛かったから、けっこう重症だったと思う。
精神科医から抗うつ剤と睡眠薬の投与を数年間受けていた。

私の場合、ふだんが軽躁状態なので(笑)
うつ病になったときは周囲がすぐ気付いたが、
日頃、あまり感情を表に出さない人だと、
気付くのが遅れるのではなかろうか。

私は、何でも自分ひとりでカタを付けたがる気質で、
自身に降りかかる問題のさまざまを、
誰にも相談しないのが、今にしてみればよくなかったと思う。

あれ以降は、
弱みも恥もどんどんさらけ出して、
自分に出来ないことは、よそさまにすがるようにしているのだが・・

どっこい、
そうなったらなったで、
こーんなアタシでもかわいい(!)という殿方が出現しはじめたの。
ぞくぞくと!

ほんとよ。

嗚呼、このテクニックを若い頃から知っていれば。
[PR]
by leilan | 2005-08-29 07:31 | 俳句

『俳句』  貨物船通る岬の花カンナ

b0048657_12434613.jpg

             貨物船通る岬の花カンナ  麗蘭








美食倶楽部
b0048657_14201038.gif谷崎潤一郎は「陰翳礼賛」の中に、「うぞうすい」で有名な京都の「わらじや」をあげ、古風な燭台を使っていた頃のこの店の情緒を讃えていた。

その文章は、食べることよりも、ぼんやりとした薄明かりの中の漆器の美しさ、そして食べものとうつわの取りあわせを語ることが主意だった。谷崎といえば、まず「陰翳礼賛」を思い出すのは、それがあまりにも印象につよく残っているせいであろう。

谷崎の味覚そのものを主題とした作品に、大正8年、大阪朝日新聞に連載された「美食倶楽部」がある。

これは、いかにも初期の谷崎ごのみの
濃厚怪奇な味わいを十分発揮したもので、
谷崎の「悪魔主義の文学」とよばれる時期のデカダンス文学である。

例によって、涎(よだれ)と唾(つば)という、
谷崎ごのみの二大宗がフルに動員されて活躍する。
これに谷崎の耽美的で頽廃的な・・なんて評論家風に論ずるよりも、、
一言で言えば谷崎の怪しい支那趣味がスゴイんじゃ(笑)

しかし、食欲の核心に深く広くはびこるのは、
つまるところ想像力なのだという洞察と表現は見事だ。

美食倶楽部は、クラブといっても会員は5人しかいない。
財力と無駄な時間を人一倍余計に持ち、
突飛な想像力と機知に富んだいちばん年の若い貴公子
G伯爵を会長格とする彼らは、
東京の町中にある料理屋、
赤坂の三河屋、浜町の錦水、田端の自笑軒などを食い荒らした挙句、
ある会員などは銀座4丁目の夜店に出ている今川焼きの
美味発見の功を誇り顔に会員一同へ披露したりする。

そんな素朴な一般的美味追求から、
一転して奇々怪々な官能的味覚の地獄、極楽の、
幻想的詳細が綿々と綴られるのである。

ある日、G伯爵は牛が淵公園に近い堀端の闇で胡弓の音を聴き、
その音に誘われて路地裏に入ると、
美味芳香につつまれたとある家で、
中国の人たちの美食会にめぐりあう。

伯爵の熱意にほだされた会員の一人の密かな好意で、
彼は阿片を吸う秘密の部屋の穴から、
この世のものとも思えぬ美食会の一部始終を眺めることができた。
それ以後の伯爵の美食会の内容の詳細がこの物語の眼目である。

「火腿白菜」の描写が最も不思議である。
若い女の手で会員は顔中をマッサージされ、
いつかその女の指は口中に入り、
ぬるぬるした唾吐(つばき)にまみれた指そのものが、
指だか白菜の茎だかわからないどろどろしたものになって、
美味の局地において会員の陶酔を誘うといった具合で、
その濃厚な描写は詳細をきわめるのである。

女体を包む天ぷらのころもを味わう「高麗女肉」という料理に至っては、
性的というよりもすでに性そのものであった。

高麗とは支那料理の天ぷらを意味するので、
豚の天ぷらのことを普通高麗と称している。
然るに高麗女肉と言えば支那料理風の解釈に従うと、
女肉の天ぷらでなければならない。
献立の中から此の料理の名を見付け出した会員たちの好奇心が、
どれ程盛んに煽られるかは推量するに難からぬ所であろう。

さて、その料理は皿に盛ってあるものでもなく、
碗に湛えられてあるものでもない。
其れは一枚の素敵に大きな、
ぽつぽつと湯気の立ち昇るタオルに包まれて、
三人のボーイに恭(うやうやし)く担がれながら、
食卓の中央に運び込まれる。
タオルの中には支那風の仙女の装いをした一人の美姫(びき)が、
華やかに笑いながら横たわっているのである。
彼女の全身に纏わっている神々しい羅綾の衣は、
一見すると精巧な白地の緞子かと思われるけれど、
実は其れが悉く天ぷらのころもから出来上がっている。
そうして此の料理の場合には、
会員たちはただ女肉の外に付いている衣だけを味わうのである。

ちょっと、怖い食卓 Terrible Table の趣きもありますね(笑)



■選挙ネタ

今回の選挙におけるイシューがはっきりした感がある。

改革の手順と改革を急ぐのか否か

人口が減少する今後の日本が、
今までの体制でやっていける訳がないんです。
確実に行政コスト倒れになる。

郵政もそう。
2050年の人口8000万人の日本が、
26万人の郵政公務員を抱えられるはずがない。
国民もそれはよく分かっていて、
「郵政民営化」には賛成する人が多い。

問題は、「小さな政府」の選択肢は当然として、それを実現するスピードです。
小泉さんは急いでいる。
綿貫さんも亀井さんもいずれそうしなければならないと
本音の部分では考えてはいるのだろうが、
「急ぐ必要はない」と考えている。

急がなければなりませんよ。
年金、社会保障など、日本が再設計を必要としている改革、
それを進める大前提は、「日本経済の活力維持」です。
それには、肥大化しがちな官業をなるべく民業にする必要がある。
郵政はその一環でしかない。

スピードは重要な選択肢です。
企業は90年代に嫌と言うほどそれを味わった。

Fast Eats Slow

日本はスローではいけない、と私は思う。
食事はスローでもいい。
しかし、改革はスローではいかん。


■Notice

今日から一週間、New York へ行って来ます。
その間、ブログを休載させていただきます。

See You Again!
[PR]
by leilan | 2005-08-22 06:42 | 俳句

『俳句』  ぶら下がるものみな楽し青瓢(ふくべ)

b0048657_523095.jpg

            ぶら下がるものみな楽し青瓢  麗蘭









b0048657_5315158.jpg田中角栄のことを思うと、私には妙な連想で美空ひばりが思い浮かぶ。

どちらも小学校を出た程度の学歴である。どちらも忘れ難い仕事をした。角さんの日中国交回復は大変なハード・ネゴシエーションだったというし、美空ひばりの歌はまだわれわれの耳に残っている。

角さんは目白に2600坪の屋敷を持ったが、美空ひばりも代官山近くの青葉台の御殿に住み、母親は十本の指すべてに純金の指輪をはめていたという。目白の邸宅には二部屋分の大金庫があるそうだが、美空ひばりは巨額の現金の置き場所に窮して、台所の床下に隠していた。

ロッキード事件のため、角さんは一、二審で実刑判決を受けた刑事被告人として死んだ。美空ひばりは弟がヤーさんに関係したとき、敢然とそれを庇ったため、紅白歌合戦から下ろされた。

b0048657_5445868.jpg一人は戦後日本の政界で無比の決断力と実行力を持っていた。一人は類まれな歌唱力の持ち主だった。それでいながら両者とも泥水をかぶり、世間から白い目で見られ、死んではじめて惜しまれた。

二人とも、その生き方は情の世界を引きずっていた。角さんの死を聞いて、社会党議員が「妙に通じるものがあった」と語っていた。大胆不敵に見えて、一方に細やかな気配りがあり、遮二無二突進する姿にかえって愛嬌があった。酔って興に乗ったときの角さんは、好んで「悲しい酒」を歌ったという。

「一人ぽっちが好きだよと、言った心の裏で泣く」

戦後日本を代表する政治家は戦後日本を代表する歌姫に、通い合うものを感じていたのだろう。

角さんは、どんな人間だったか?

彼は誰の二世でもない。
ただ越後の家畜商の子である。
小学校を出ただけだから、
東京に思い出を分かち合う同級生がいるわけでもない。
戦争が終わったときは土建屋の大将だった。
その会社も潰れていた。
選挙に出て二度目に当選し永田町に出てきたが、
徒手空拳である。助けてくれる人も頼れる人もいない。
まわりは知らない顔ばかり。
師もなければ友もいない。
一歩間違えば奈落。
越後から夜行列車に乗って出てくるたびに、
彼は敵地に乗り込むような緊張を感じたことだろう。
頼りになるのは、女房にくっついてきた土建業坂本組の金だけである。
政治家としての人生を、
28歳の彼は一人ぽっちの体制に縁なき者として踏み出した。

金を使えば人は面白いように動いてくれた。
学歴も教養もある偉い役人がペコペコし、
目指すことはたちまちにして成った。
彼は、不正な手段で仕入れた金を、不正なルートを通じて散じた。
官僚の懐柔から子分への盆暮れのつかみ金、
もっと他にわれわれの想像もつかない金の使い方をしたことだろう。
その中には、彼の死を悼んで彼の小学校時代の恩師が語った、
「ずっと盆暮れに十万円ずつ届けてきた」
という金も入っている。
彼は猛烈に集め、猛烈に使った。
日本においては政治も土建業と大差ない。
しかるべき人を手なずけ、闘志をもって当れば成り、事業は無限に伸びる。

土建屋の感覚で政治をする角さんの流儀は加速していった。
財界という体制に縁のない彼のことだ。
懐に入る金は小佐野賢治らから来る素性の怪しい金か、
家の子郎党の名義を使った幽霊会社が、
土地を転がして生み出す資金だった。

彼はその札束で他人のツラを引っぱたいて階段を上がっていった。
その頂点が47年の総裁選である。
それは54歳の「庶民宰相」を生んだが、
当時の金で一票二千万円だったそうである。

しかし、実際の話、
一人ぽっちの反体制派に、
金を使う以外どんな方法があったというのか。

時代が呼び込んだ政治家だった。
角さんが政治家としてスタートした時代は、
何をさておき復興と建設の時代だった。
造船が世界一になると「外貨獲得だ」と手放しで祝った。
黒四ダム、新幹線、高速道路・・・
政治家も役人も業者も、
みんなコンクリートを食って大きくなった。

今日とは時代が違うのだ。
過労死する奴はバカで、だいたい過労死という言葉がなかった。
木があれば切って材木にし、
クジラを殺して、牛肉より安いから、それを食った。
出先では他社と、社内では同僚と競争し、
毎年着実に上がる給料から工面して
トヨタの車や松下の電気冷蔵庫を買った。
おかげで日本企業は世界で押しも押されぬ大企業に育った。
日本中にミニ角栄がいたからこそ、
われわれの町には外国人に見られても恥ずかしくない道路と橋ができた。
角さんはそういう時代の政治家だった。
だから土建屋の感覚が通用したのである。
いまの尺度で彼を測ってはならない。

日本そのものが誉められた国ではなかった。
朝鮮戦争で儲け、ベトナム特需で潤った。
同じアジア人が血を流しているのに、その血を吸って太った。
防衛は米軍に任せ、それを知らないわけでもないのに、
日本は平和憲法を持つ平和国家だからこんなに繁栄しました、
ほら見てご覧と自慢し、
外国まで隊伍を組んでブランド品を買いに行くようになったのである。
どさくさのうちに稼いだ日本、
みな叩けばホコリの出るようなことをして、
今日の結構な日本を築いたのだ。

世の中は99パーセントまでが金である。
金で政治を動かし、政治で金を生んだ角さんは、
その範囲では大天才だった。

ただ、世界史でも稀なほどの速度で繁栄の坂を駆け上がる忙しさと、
日本の体制に楯突く意地が強すぎたために、
残り1パーセントのことを忘れた。
人間が人間として立派に完結した生涯を生きるには、
その1パーセントが大切なのに、彼はつい忘れた。

なぜ忘れたのか。
身近にそれを言う人がいたのに惜しいことである。
子を見ること親に若(し)くものはない。
彼の母フメさんは、つねづねこう言っていた。

「悪いことをするくらいなら、アニ、いつでも帰って来いよ」
[PR]
by leilan | 2005-08-21 06:51 | 俳句

『俳句』  コスモスや誰かが捨ててゆきし恋

b0048657_4364417.jpg

            コスモスや誰かが捨ててゆきし恋  麗蘭








1937年に日中戦争が勃発し、
日本中のすべてが大きな戦争へと巻き込まれていく中、
フォトジャーナリズムも国策プロバガンダのための道具として利用された。

戦時下で、趣味の写真をやるのはもっての他という社会の風潮が起こる。
国策に協力するための写真でなければ存在価値は無に等しかった。

そうした時代の空気を避けて中央から遠ざかり、
時が過ぎるのをじっと待つ者もいた。
その一方で、写真表現を極めるためという理由で、
積極的に国威発揚の写真を撮ったものもいた。

また、従軍カメラマンとなり、
現地で悲惨を目のあたりにして、
帰国後、象徴的な写真で反戦思想を示そうとした者もいた。

ただ、ほとんどの表現者は戦時下という特別な状況のなかで、
食べるためには仕方がない、写真を撮るためには仕方がない、
という理由で自分の意思に反した仕事をすることになった。

戦争を直視すれば、それが悪であると誰でもわかる。
しかし、戦争にかぎらず、人間が行う悪業のほとんどが、
「食べるために仕方がない」という理由で、
善悪の分別を超えて行われることが多い。

食べて生きていくことに対して何の問題もない時に、
モノゴトの善悪を主張するのは簡単なことだが、
それがぎりぎりの状況に置かれた時に、
正しい判断と行動が出来るか、
非常に難しいことだが、それは大事なことであろう。

人間にとって、食べて生きていくというのは、
食物を口にするということにとどまらない。
人間生活を成り立たせるエネルギーや、
人間らしい生活を送るために必要な様々な物を手に入れること。
人間らしい生活を送るために、
テレビも冷蔵庫もエアコンも携帯電話も自分の名誉も社会的立場も必要で、
それを維持しなければならないと思えば、
自分の意思に反する仕事も、それだけ多くしなければならない。

いざという時に、自分の意思を大切にして行動しようと思えば、
それらのことから、できるだけ身軽になっておかなければならない。
物とかしがらみとか立場とか名誉とか自分の仕事でさえ、
いざとなれば固執せずに捨て去る覚悟がなければならない。
そうしたものに左右されない自由さを保っておかなければならない。

といって最初から何もやらないということではない。
何かを一生懸命にやるからこそ、
それを守ることが人生のすべてではないと実感として、
そう思える境地があるのではないか。

むしろ、中途半端な関わりは、
未練となって残ることもあるのではないかと思う。

ベトナム、中東戦争の従軍カメラマンだった知人と、
昨夜、そんな話をしていた。
[PR]
by leilan | 2005-08-20 06:31 | 俳句

『俳句』  八月の潮騒われをしなわせる

b0048657_16485696.jpg

           八月の潮騒われをしなわせる  麗蘭








現代の政治は、間違いなく劇場化している。
それは日本もアメリカも同じことである。

劇を盛り上げる要素が少ないと、
エンターテインメントとしては面白くない。
だから今回の騒動は、メディアにとってはうってつけだろう。

かつて、マクルハーンは名著「アンダスタンディング・メディア」で、
テレビを冷たいミッテルと評した。
これは、われわれの常識からすれば意外だったが、
テレビというもので実情を写すために、
かえって熱狂が起こらないという意見だった。

たとえば、ケネディ暗殺の場面はたまたまテレビの実況放送中で、
われわれは画面にはっきり写った瞬間を目の当たりにしていた。
もしこれがラジオで、言葉だけで伝えられたら、
全米で暴動が起こっていたかもしれないと言っている。
実際に状況を見ているから、何も起こらなかったというわけだ。

しかし、「アンダスタンディング・メディア」から40年以上の歳月が流れ、
現代文明は情報産業の作り出すブラウン管上の外界から、
適度に熱せられているのは事実である。

メディアが「刺客」とか何とか言いながら懸命に騒動を煽り、
大衆がそれに乗り始めた。

かつてヒットラーは演説で大衆の心を掴んだが、
日本人は演説で話される言葉に対しては、もともと警戒感がある。
言葉を鵜呑みにしないところがあるし、
言葉で押し通す人を理屈っぽいと言って煙たがるところがある。

無口でちょっとドジで、照れ笑いしている方が、誠実な印象を受ける。
そういう人を可愛いというおばさんは多い。
小泉純一郎は、愚直さと可愛さの両方を使い分けているが、
岡田克也にはその芸がない。

それにしても、日本人は、
筋書きのはっきりしているドラマに対してはまるで警戒感がなく、
コロッと感情移入してしまう。

裏切られたり迫害された人間が、
復讐の為の戦いを仕掛けるなどというのは大好きだ。

決して好戦的に見えないのだけれど、サムライ劇は大好きだし、
企業活動を見ればわかるように、いざ戦うとなれば容赦なく強い。

その強さの秘密は、感情の統一にあるのではないかと時々思うことがある。

肉体的に暴力的ではないけれど、
感情移入が集まった時のファナティックな群衆心理は、
実に大きな支配力を発揮する。

そうした状態になると、突然、反対のことを言いにくい雰囲気になる。
それは、ロジックよりもその場の雰囲気が尊重されるからだろう。

ケチをつけて、波風を立ててはならない。
それは太平洋戦争の時にかぎらず、
今も日本人の根っこにある性向だと思う。





選挙までまだ一ヶ月もあり、
その間になにが起こるのかわからないから、
選挙結果の予想ができる状況ではないのだが、
参院で郵政民営化法案が否決されて自民党が分裂したように、
今回の選挙で民主党が惨敗すれば、民主党は分裂すると思う。

民主党内は、小澤一郎、鳩山由紀夫、菅直人、横路孝弘と、
主だった顔を並べても片手に余るほどのグループが実在して、
その政治的スタンスがまったくちがう。
いわば、55年体制を党内に封じ込めたような体質をもった政党だが、
どこかで左右の境界線を引いて分裂するのだろうと思う。

いまの自民党の騒動を見ても感じるのだが、
そのときに、なまじ過去のしがらみにとらわれているから、
一法案の帰趨に有能な政治家の政治生命が同調してしまう。

もう少し高い位置から、これを収拾すれば、
岡田克也も党首になった歴史的意義が残るのだろう。
[PR]
by leilan | 2005-08-18 06:10 | 俳句

『俳句』  梔子(くちなし)や許すばかりの恋もあり

b0048657_1881389.jpg

            梔子や許すばかりの恋もあり  麗蘭





「おや、今日の香水は何?」

下着の内側のわずかな香りを話の糸口にする、
80歳を超えたと思われる老紳士。

「夜間飛行です」

と答えると、

「ああ、昔、" 西班牙の夜 " という香水がありましたよ。
だいたい「夜」という言葉はどこの国の言葉でも、
それぞれに暗さと甘さがあっていいものだね。
なかでもスペイン語のLA NOCHE(ラ ノーチエ)が一番語感がいい」

コンドミニアムのエレベーターでの会話だ。

老紳士は独り身で、かつてはジゴロの生活をしていた。
豪華客船で貴婦人のダンスの相手をして、生計を立てていたらしい。
世の中、いろんな仕事があるもんだな、と感心する。

女性にやさしくて、西洋流のマナーが身についた老紳士は、
女の年齢を決して話題にしない。

あるとき、ハレクラニホテルのロビーでばったりお会いして、
ちょっとお茶でも、ということになった。
そこに、悪友のジンバブエ・ベア子がやって来て、
彼女は少し話して、仕事に戻っていった。

「私は、彼女よりも先に生まれております」

と言ったら老紳士は少しはにかまれて、
それから、ゆっくりテーブルの上に指で右から左へ一本、
年表を思わせるような線をお引きになると、

「先、ということは、あと、ということね?」

こうでなくては、
西洋のジゴロにはなれないのかもしれない。
[PR]
by leilan | 2005-08-17 06:15 | 俳句

統合スタイルと調和スタイル

言語学研究室日誌の wnm さんのエントリを拝読。

福岡正行氏が郵政民営化反対論の一つに、
「日本人は聖徳太子以来、和を以て貴しとする民族である」
これを理由に挙げておられることを知った。

日本人というのは、ほんとうに日本人論が好きな民族だと思う。
アメリカとかフランス、ドイツあたりへ行っても、
日本人ほど自民族論をやっているところはない。
だから、日本人は何かと言うとすぐ、
「日本人は」という話をしたがると言って冷やかされることが多い。

まあ、それは当たり前のことなのかもしれない。
たとえば、サミット。
あそこに集まる人たちは、日本人以外はみんなキリスト教徒である。
だから、彼らは共通のベースをもっているが、
それとは違うのが一人いるわけだ。
先進国のほかのみんなとはどこかで違いながら、
違わないということで入っているのだから、
どうしたって日本人ということを考えざるを得ない。

パラダイム(理論的枠組み)という観点から考えれば、
日本人のパラダイムは神話の構造から来ているのだろう。

「古事記」の神話を例にとれば、
アマテラスオオミカミ(太陽の女神)
ツクヨノミコト(月の神)
スサノオノミコト、
この三柱の神が、三貴人といってもっとも貴い神とされている。

アマテラスとスサノオの間にはいろいろな葛藤があって、
スサノオがやたら暴れまわり、狼藉を繰り返すので、
アマテラスは怒って天の岩戸に隠れてしまうというような話がある。

ただ、不思議なことに、
「古事記」にはツクヨミの話がまったく出て来ない。
三柱の神がもっとも大事だというのに、
真ん中にいる神がなにもしていない。

海幸彦と山幸彦も、
実は真ん中にホスセリというもう一人の神がいるのに、
やはり真ん中の神はなにもしていない。

どうも日本神話というのは真ん中が空っぽの中空構造になっている。
それで神々がうまくいっているのは全体が調和しているからだろう。

たとえば、最終的に日本の国はアマテラスの子孫が治めることになるが、
スサノオの子孫のオオク二ヌシが「私を神として祭ってほしい」と言えば、
そのとおりに出雲大社がつくられたりするのだ。

それに対し、キリスト教の場合は、
中心に唯一絶対の神が存在する。
神は一つで、これは敢然たるパワーとプリンシプルをもっている。
だから、調和ではなくてインテグレート(統合)しているわけだ。
これが西洋文化の特徴である。

欧米の会社組織は、株主がいて、社長がいて、従業員がいる、
この形が縦にきれいに並ぶのに比して、
日本の場合は、株主と社長と従業員とがみんなでぐるっと輪になっている。

社長が「従業員がやかましいんでねえ」とか「うちは株主がうるさいから」とか、
株主は株主で「いや、社員がうるさい」とか言って、
みんなのせいにして、誰がトップにいるのか判らない。
で、失敗したときは一億総懺悔とかなんとかやるようなシステム。
上手に逃げる人は逃げられるという構造になっている。
だから、日本では責任の所在をつきとめることが非常に難しい。

ただ、まったく責任をとらないというのも困るので、
たまたまそのときに長のポストにいた人物が責任を取って、
マスコミの前で土下座したりする。

日本の難しいところは、欧米社会とのつき合いから、
うわべだけはインテグレートの形をとっていたりする点である。

「どうもわれわれの課長はリードしない。長たるものは方針を示すべきだ」
みたいなことを酒場で喋って、みんなで盛り上がっていたりするのに、
実際に課長が方針を示してリーダーシップを発揮しはじめると、
「あんな身勝手なこと言って、納得できない」
などと反旗を翻したりする。

こういうことは日本中のいたるところで起こっているが、
アメリカの組織ではこうした光景を、まず見たことがない。

パワーとかプリンシプルをもってみんなをリードするのがリーダーの役割だが、
日本人はリードするよりも、いかに調整してくれるかを期待している人が多い。

今まではそれで十分やって来れたわけだが、
グローバリゼーションが進み、地球が狭くなるにしたがい、
貿易摩擦にしろ、外交での摩擦にしろ、
外国とのあいだにいろいろな摩擦が起こってくると、
インテグレートの組織にいる人々とも交わらなければならない。

その中で、優位を確保していくためには、
聡明で大胆なリーダーシップが要求される。
日本にもっとも欠けているのはほかならぬその種のリーダーシップであるが、
それが発揮されはじめると、
「小泉翼賛政治」などというキャプションが出てくるのは、
こうした日本の土着性だろう。
[PR]
by leilan | 2005-08-17 06:10 | とらば&とらば

『俳句』  新涼の古くなりたるをとこかな

b0048657_1342433.jpg

            新涼の古くなりたるをとこかな  麗蘭






なんちゃって。
この句、はじめは、

  新涼の古くなりたる畳かな

だったんですけど、
それじゃ、ありきたりなので、
ちょっと、中年のアンニュイで決めてみました。
ブリジッド・バルドー、山猫のような女だ。




漱石の俳句
b0048657_1927409.jpg文豪夏目漱石は終生子規の弟子であると自称していた。俳句のことである。

子規との友情は、漱石の生涯の中で特に重要であったのだろう。漱石が多くの弟子たちをいつも自宅に招き入れていたのも、あるいは子規の真似だったか。

漱石の俳句は文人俳句のように言われるが、とんでもない。一派をなしても十分なほどに立派な俳人だったと思う。そして「草枕」という短編小説は、まさに俳論であり、同時に俳句である。

それほどの俳句への深い造詣を持ちながら、同時にひどく淡白でもあった。

英文学や小説に身を削る思いをしていただろう漱石にとって、
俳句は慈雨のようなものであったのかもしれない。

「日本の衣服が簡便である如く、日本の家屋が簡便である如く、俳句もまた簡便なものである。」
漱石の弁である。

漱石の俳句が好きだ。
漱石流の天衣無縫というか、放胆というか、
発想でびっくりさせられるものが多い。

反して、荷風は、
あれだけ敢然として世捨て人になり無用の人たらんとしているのが、
五七五を意識すると、
とたんに歳時記用にぴたりのようなお手本の句を吐くというのは、
ちょっと奇異でもある。
俳句がとりすましていて、ひたすら寂しい。
荷風の俳句は、花鳥風月を地でいく散文のなかで光る。
まさしくそれは、遁世のさびである。


 漱石俳句 二十句


 君逝きて浮世に花はなかりけり


 一里行けば一里吹くなり稲の風


 罌粟の花さやうに散るは慮外なり


 菫ほどな小さき人に生れたし


 月に行く漱石妻を忘れたり


 善か悪か風呂吹を喰つて合点せよ


 安々と海鼠の如き子を生めり


 筒袖や秋の柩にしたがはず


 無人島の天子とならば涼しかろ


 時鳥厠半ばに出かねたり


 別るるや夢一筋の天の川


 秋風や唐紅の咽喉仏


 蜻蛉の夢や幾度杭の先


 あるほどの菊抛げ入れよ棺の中


 腸(はらわた)に春滴るや粥の味


 蝶去つてまた蹲踞る小猫かな 


 湯壷から首だけ出せば野菊哉


 連翹の奥や碁を打つ石の音


 秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ


 秋立つや一巻の書の読み残し


  
[PR]
by leilan | 2005-08-16 06:11 | 俳句


バッカスの神さまに愛されたい
カテゴリ
以前の記事
ライフログ
検索
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧