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『俳句』  待宵や身を尽くしたる泣きぼくろ
                   Maria Callas
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           待宵や身を尽くしたる泣きぼくろ  麗蘭





b0048657_2054939.gifジャクリーヌ・ケネディ・オナシスが死んだとき、
何故オナシス夫人として、アリストテレス・ソクラテス・オナシスの隣に埋葬されなかったか、
という疑問が、いくつか報道された。

ジャッキーが再婚したとき、オナシスには感じやすく甘やかされて育った十代の継子が二人いてジャッキーを悩ませた。

アレクサンダー、クリスティーナという、その二人の継子が早逝して、父オナシスと共に眠る今、オナシス家の墓はジャッキーにとって心安まるものではない、といったところが大方の結論だったろうか。

でも、この問題の底には、
実はジャッキーが何故オナシスと再婚したのか、
という例の疑問がいまだに澱んでいたのは言うまでもない。

b0048657_2049845.jpg何故、彼女は、アメリカの若きプリンセス、
まるでギリシャ悲劇をもしのぐような、
壮大な悲劇のヒロインの座をたちまち捨てて、
大富豪の年老いた船舶王と結婚してしまったのか。
当時を知るアメリカ人たちの間で、
嘆くがごとく恨むがごとく・・とでもいった感じで
論じられて来た、この古くからの難題・・・。

でも、私にとって、
これはことの最初から極めて理解しやすい問題だった。
鍵は他ならぬマリア・カラスである。

この二十世紀最大のソプラノ歌手の魅力については、
すでに語りつくされているように思うが、
特筆すべきは、その劇的な存在感といったものだろう。

彼女がステージに現れたとたんに旋律が走る、
歌を聴く前にすでにその歌に酔ってしまう。

その凄いカラス、正確にはマリア・カロゲロプーロス・メネギーニを、
夫メネギーニ氏から召し上げて愛人にしていたのが、
他ならぬオナシスだったのである。

オナシスという男がすさまじい魅力を持っていたことは
一点の疑いもない。

b0048657_20275384.jpgそして、そのオナシスを魅了し、
凄いカラスを捨てさせてまで
正妻の座に坐ったのがジャッキーとくれば、
JFKも草場の陰で
まんざらではないのではないか・・・。



と、まあ、短絡な私はこの件を単純に割り切っていた。
しかし、事実はどうも違っていたようだ。
関係者がすべて亡くなってしまった今、
真実は謎に包まれているのだが・・・。


ジャクリーン再婚は“契約身売り婚”
オナシス氏の愛人でオペラ歌手マリア・カラスが語る



元ジョン・F・ケネディ米大統領夫人のジャクリーンが、
ギリシャの大富豪、アリストテレス・オナシスと再婚した真の理由は、
実は将来のケネディ家の大統領選挙キャペーン費として
2700万ドルを受け取るためだった―。

オペラ歌手マリア・カラスの自叙伝
「Maria Callas: Sacred Monster」の中で、
ショッキングな“契約身売り結婚”が明らかにされた。

マリア・カラス(1977年、54歳で死亡)は
長年オナシス(1975年死亡)と愛人関係にあったが、
「ナショナル・エズザミナ―」誌や他の米誌によると、
彼女はオナシスの死後、
同自叙伝の著者、ステリオス・ガラトポロスに、
「彼は彼女を愛して結婚したのではなかった」と語っという。

「それは経済的利益のために結びついた結婚だった」と。
事実、双方で一生懸命取り引きされた契約結婚であり、
この取引の仲介をした人が、
何と彼女の義理の母(JFKの母)ローズ・ケネディだったという。

「この取引は、
(ローズ夫人の)息子のジョン・F・ケネディが1963年に暗殺された後、
別のケネディ家の一員を大統領にすることを願った
ローズがやったことだった」

1968年の結婚を明記した書面による契約では、
結婚の期間は7年間で、
当時39歳のジャクリーンは
オナシス(当時68歳)の子供を産む義務はないこと、
そして彼と寝ることさえ要求されなかった。
そして、7年間が過ぎたら、家の金庫に入るというもの。

しかし、ジャクリーンは結婚した当初、
彼を満足させることを選んだと言う。
オナシスのヨットを管理している使用人は、
深夜裸の二人がヨットの中でセックスをしているのを目撃したという。

オナシスの結婚は誰からも驚かれた。
もちろん、彼と9年間恋人の関係にあった
マリア・カラスでさえも驚いたという。

「怒りというより、
なぜ彼がジャクリーンさんと結婚したのか分からず当惑した」

オナシスに裏切られ傷ついたマリア・カラスは最初、
彼に会うことを拒否していたが、
挙式のわずか1ヶ月後に彼がパリの彼女のアパートにやってきて、
「結婚は間違いだった」と涙ぐみ、
二人の関係を再び続けたいと懇願した。
この時、彼女は初めて「結婚の真相」を知ったという。
ジャクリーンは結婚した最初の年に、
自分の買い物だけで150万ドルという大金を使った。
しかし彼女の浪費性に目をつぶれても、
彼女の冷淡さには我慢できなかった。
オナシスは多くの問題を抱えていたが、
彼を慰め元気づけることさえしなかったという。

1968年に結婚し、1975年で契約の7年がくるが、
オナシスは少しでも彼女の財産の請求を減らそうと、
早めに結婚の解消を求めようとしたが、
彼は契約が切れる7カ月前に死亡した。

オナシスの健康状態が悪化するにしたがって、
マリア・カラスがより身近な人となっていった。
死の床で彼は、「あなただけを愛していた」と告げたという。

ジャクリーンは1994年5月、
がんの一種である悪性リンパ腫で死亡した。

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by leilan | 2005-09-19 02:09 | 俳句

気ままにB級グルメ『布哇食堂』 塩豚

b0048657_7113819.jpgアメリカはお肉なんか塊で売ってるんですよね。それで、豚の塊肉を買ってくると塩豚にすることが多いです。

お好みの量の塩を肉の塊にすりこんで、ラップで包み、ジップロックの保存袋に入れて、
冷蔵庫に入れておくだけです。
しばらくすると、生ハムのようなちょっと熟成した感じになります。
b0048657_7122166.jpgそれを、シンプルに焼いて食べるのが好きですが、同じ塩・胡椒の味付けでも、買ってすぐのお肉をそのまま焼くものとはまた違った味わいで、私のお気に入りの一つ。

味を濃くしたものは小さく刻んで、チャーハンなどに入れてもいい。

長く保存したいときは塩はたっぷりめ。2~3日で食べきってしまう場合は、少なめです。

塩は、ハワイアンソルトやアンデスの岩塩を使ってますが、どっちもミネラルも豊富なんだとか。アンデスはちょっとシャープで、しっかりとした塩味なので、ハワイアンソルトよりは少なめに使います。

塩をまぶしたてと、寝かせたものでは、
写真でその違いが分かると思います。
生ハムみたいで、つややかな感じになります。

今回は塩豚でスープをとりました。
家にあった適当な野菜で、ブーケガルニもどきを作り、
沸騰させて、あくをとったら、弱火で煮込みます。

昨夜は、エシャロット、ねぎの青いところと、白いところ、
セロリの茎があったので、入れてみました。
ブーケガルニの入れ具合で、味が微妙に変わってくるので、
どんなスープになるのか、微妙な味がいつも愉しみです。
肉は、ゆで豚のような感じですから、スティック状に切って、
胡麻のソースで。 
やっぱり塩豚は便利!

b0048657_7131722.jpg塩豚にした残りは、今日はローストポークにしてみましょう。これまた、色々なやり方があります。鍋で作ったり、オーブンに入れたり、ハーブも色々、お肉の中ににんにくを詰めたり、外側にすりこんだり。

今日は鍋で作り、にんにくとローリエを使って白ワインで蒸しました。塊のお肉をローストしていると、なんだかご馳走という感じ。そのまま食べるのも良いですが、本日は味噌ベースのソースをちょっとつけて。

ということで、昼間から一杯ひっかけておりま~す。

みなさんもお試しあれ。
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by leilan | 2005-09-18 12:37 | 布哇食堂

『俳句』  ワイキキとカハラの境虫すだく

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            ワイキキとカハラの境虫すだく  麗蘭







郵便局職員の方々が悩んでおられると聞いた。

  公社になった、そして次は民営化して公務員ではなくなる。
  心配で心配で・・・。
  職を失うのではないかと。

つまり「不安だ」というわけだ。
国鉄が済み、そして電電公社が済み、今は郵便局の人々。
公務員の地位に慣れてきた人達には、確かに不安だろう。

しかし、と思う。
90年代の初めからこの方15年間、
民間企業や中小企業につとめるサラリーマンは皆、
その「もしかしたら」という不安と闘ってきた。

不安と闘いながら、
ではもっと会社に、そして自分に、
自信が持てるようにするには何が必要かと考えてきた。

その不安こそ、
会社の革新と自らの向上心につながり、
それが日本の企業を強くし、
それが社員の自信につながりつつある。

「郵政民営化」という言葉を聞いたときに、
サラリーマンは皆思ったであろう。
「今時、"民営化"は当たり前だろう」と。
だから、ビジネスマンの民営化支持率は高い。

不安と闘うのは時に厳しい。
しかし、不安と闘い、
それを乗り越える努力をしてこそ自信は生まれる。
企業にも、そして個々の働く人にも。

「安心な社会」は、
何もしないではなく、
不安と闘ってこそ生まれる、と私は思う。

30代のはじめに組織から独立して一国一城の主となった。
それから3年くらい経過して、猛烈に忙しくなったとき、
寝る間も惜しんで働いた時代があった。

毎朝、寝足りなくて、
「あー疲れた」
と言いながら起きたものだった。
ベッドからわざと身体を転がり落として、
それで目を覚ましたこともあったが、
若い頃にそうした経験もしてみるべきだと思う。
ちょっとぐらいの不安にへこたれない人間になる。

生きていくということは、イノベーションの連続だ。


民主党は、サラリーマンの多い都市で惨敗。
結局民主党は都市の政党を目指しながら、
都市に住む人間の気持ちが全く分かっていなかったと言うことだ。

前原誠司が民主党の新代表に選ばれた。
しかし、小沢一郎、菅直人、横路孝弘、仙谷由人、
鳩山由紀夫、江田五月、西村真悟をならべてみて、
このメンバーから、どういう政策の誕生を期待するのか?

自民党憎しで、反対勢力がよせ集まれば何かができる、
という時代じゃあないだろう。

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ブログのお仲間、六尺さんが俳句をはじめられた。
ボウルさん、tamago さんに続いて三人目の俳句仲間となったが、
つい馴染みの気楽さもあって、
新人・六尺氏の句を私が一刀両断に斬ってしまうので、
「あれでは六尺さんがお気の毒だ」
と、弟からクレームが来た(笑)

俳句は眼前にある事実を単純に詠めばそれでいいのです。
掲句「ワイキキとカハラの境」というのはダイヤモンドヘッドで、
そこで、虫が鳴いていた、それだけの句です。
 
  埼玉と栃木の境虫すだく

だっていい。
「埼玉と栃木の境」とくれば、そこはかとないユーモアも漂う。
先ずは、目にしたもの、耳にしたものを詠んでみましょう。
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by leilan | 2005-09-18 01:30 | 俳句

『俳句』  秋天やジャンプして捕る遊撃手

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           秋天やジャンプして捕る遊撃手  麗蘭







ピッキングに遭遇した一人住まいの知人(女性)の話。

その日は体調が悪くて家で休んでいたのだそうです。
そしたら突然、玄関でガチャガチャと音がする。
おかしいと思って玄関に行ったら、
明らかに外からピッキングと思われる動きが見られた。

体が凍り付いたそうです。
そりゃー怖かっただろう。
で、どうしたらよいかと必死で考えたという。

出た結論は、
「家に居る」ということをドアの前にいる人間に教えること。
で何をしたかというと、ドアをたたいて大きな音を出して、
「何しているんだ・・・」と。

ドアの前の犯人はびっくりして、そのまま逃げ去ったそうですが、
逃げ去っても「体の震えが止まらなかった」と。
わかるわかる。

もう一つ考えたそうです。
「顔を見られれば犯人は攻勢に出て来る可能性がある。
で、犯人の顔を見ないように、見たと思われないように・・・」と。

しかし警察が来て調べているときに、
「顔は見なかったのですか?」「出来れば見て欲しかった」と。
ハハハ、んなこと言ったって(笑)
まあ警察としてはそうなんでしょうね。

しかしいずれにせよ、日本の身近な人々にも犯罪の話が多くなった。
どうも、ここ数年、日本は物騒になっている。
四谷の学習院幼稚園の近くにある高級マンションで、
日本の集合住宅にしてはセキュリティも万全、
そんな事件がどうやっても起こりそうもない建物なのに。
日本もアメリカ並みになって来た。
油断大敵!
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by leilan | 2005-09-17 06:04 | 俳句

『俳句』  手濡らして祖国の秋刀魚求めけり

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          手濡らして祖国の秋刀魚求めけり  麗蘭







抜けるような青空が広がっている。
この秋天は日本もホノルルも同じことだろう。

なんとなく気分がいいから、
昨夜は秋刀魚にしようと、
ホノルルのダイエーで買い求めた。
北海道産だという。

秋刀魚二尾で、6ドル68セント。

日本の人々も青空の下、
自分と同じような気分で秋刀魚を買っているだろうか。

遠く海を隔てた祖国の人々と同じ秋刀魚だと思うと、
妙にうれしくて、
そんな思いを句に託して詠んでみた。

威勢のよさのある魚だから、
どことなく江戸っ子気質にも通じているが、
江戸期に秋刀魚は「下品(げぼん)」とされていたようだ。
つまり、下等な魚だと。

馬琴の『俳諧歳時記栞草』を調べてみたが、
「秋刀魚」は載っていなかった。

となれば、ごく新しい季語ということになる。
あまりにも安価でポピュラーすぎた魚だからだろうか。

そりゃまあ、鯛なんかと比べれば、
脂ぎっているので決して上品な味とは言えないが、
柑橘類をギュッと搾って、
大根おろしで食べるのは堪えられない。

落語「目黒の秋刀魚」の殿様の食前にも、
蒸して脂を抜き上品に調理した(つもりの)ものが出ていたのだった。
さぞや不味かったろう。
だから「秋刀魚は目黒に限る」が効いている。



[在外邦人選挙権]「立法の不作為に踏み込む最高裁」

 海外在住の日本人の選挙権が公職選挙法で制限されていることに、最高裁大法廷が、画期的な初の判断を示した。

 最高裁判決は、国会が行うべき法改正を怠ったとする「立法の不作為」を「違憲かつ違法」と認め、国家賠償を命じた。地裁や高裁の下級審の審理に大きな影響を与える重要な判断である。

 在外の有権者は年々増加し、昨年10月で、推定約72万人にも上っている。今回の判決で、次回の国政選挙で選挙権を行使できるよう、公選法の改正が国会に義務づけられることになった。

 公選法は選挙人名簿の登録資格として「市町村に住民登録している者」と定め在外の有権者は、投票から締め出されていた。1998年の改正で衆参両院の比例選だけは投票できるようになった。

 今回の訴訟の原告は、1996年の衆院選に投票できなかった在外邦人だ。公選法の規定は「選挙権の平等を認める憲法に反する」として、国を相手に、選挙権の確認と損害賠償を提訴した。1、2審とも全面敗訴していた。

 これに対し、最高裁は「選挙権の行使を制限することは原則として許されない」と断じ、公選法の規定を違憲とした。憲法の「国民主権」の原理から導かれた判断だ。

 この訴訟で国側は、「選挙を混乱なく公正に執行するうえで、やむを得ない措置」と主張してきた。

 だが、判決も「今や通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げている」と言うように、時代遅れの言い分だ。直ちに制度改正に取り組まねばならない。

 最高裁が立法府に対し、「不作為による国家賠償」を命じたのは、初めてのことである。

 法律が違憲と判断されても、国家賠償にまで至るのは、「侵害が明白で、国会の不作為が著しい」例外的な場合に限られる。今回はそれに該当するとされた。選挙権の行使が極めて重要な憲法上の権利だ、という判断による。

 最高裁を頂点とする司法はこれまで、国会、行政の不作為などの判断には消極的で、あまり踏み込まなかった。

 しかし、最高裁は昨年、「筑豊じん肺訴訟」や「関西水俣病訴訟」で初めて、行政が必要な規制を怠った不作為を違法と認めるなど、国民の権利侵害の救済に積極的な姿勢を示し始めた。

 政府の司法制度改革審議会は2001年の最終意見書で、司法が立法、行政のチェックをする新たな役割を期待している。今回の最高裁判決は、こうした流れに沿うものである。

(2005年9月15日1時37分 読売新聞)


立法の不作為とは、あえて積極的な行動をしないことであるが、
今回の判決を見て、最高裁も変わったな、と思う。

私のように海外に住む者は、
普通は、「アメリカ合衆国へ転出」などと書いて、
住民票の異動届を役所に出している。

そうすると、住民税や年金納付の必要がなくなるが、
その分、アメリカに州税や国税、年金を納めてはいる。

最高裁判決は選挙権の平等を認める憲法に反するというが、
われわれは日本に住民票がないのだ。
どこの地方区に投票するというのだろう。

従来通り、選挙人名簿の登録資格は、
「市町村に住民登録している者」でいいのではないだろうか。

在外邦人で住民票の異動届を提出していない人は意外と多い。
驚くのは、アメリカ市民権(国籍)を取得してアメリカ人になっているのに、
日本の戸籍をそのまま残していて、二重国籍となっている人の多いこと。

そもそもアメリカには戸籍がないし、
こうしたことは国がまたがると互換性がなくなるので、
チェックしようがないらしい。

中には、日米二つのパスポートを持って、
それを見せびらかしたりしてる人もいるの(笑)

私自身は「在外選挙人名簿」に登録しているので、
今回も比例投票のみ在ホノルル日本総領事館ですませたが、
周囲を見渡すと、登録していない人の方が圧倒的に多い。
登録者は全米で3%程度だと聞いている。

「在外選挙」が可能になったとき、
ハワイでは、ジャーナリストの故・秋元秀雄さんが、
選挙人名簿への登録を呼びかけられて、
手弁当で時局講演会を開催されていた。
秋元さんは最晩年をホノルルで過ごされていた。

あるとき、講演会の参加申し込みの電話を入れたら、
秋元さんご自身が電話口に出られて驚いた。

当時、秋元さんは、すでに癌に侵されて体調がよくなかったが、
覚悟の臍を固められているようなたたずまいであった。
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by leilan | 2005-09-16 06:46 | 俳句

『俳句』  台風来酒場のラヂオ告げてをり

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           台風来酒場のラヂオ告げてをり  麗蘭






世界でサマータイムを導入しているのはアメリカだけだ。
そのアメリカでも、ハワイ州とアリゾナ州の南部では導入していない。

アメリカ連邦議会は、
このサマータイムを四週間延長する決議案を可決した。
施行は2007年からで、
3月の第二日曜日から10月の第二日曜日までが、
新しいサマータイム採用期間となる。

そもそもサマータイムは、
1918年の第一次世界大戦中、
日の長い時期の六ヶ月を、
時間を1時間早めることで、
軍の光熱費を節約するためにスタートした。

この体制は終戦後ただちに廃止されたが、
第二次大戦中に再び軍の要請で導入されている。

その後、州単位でサマータイムは続けられていたが、
1966年に連邦議会は、
平和時にもサマータイムを採用する法案を可決した。

今回の延長理由は新聞では説明されていなかったが、
原点は燃料を節約することにあった訳だから、
延長理由もその辺にありそうだ。

蛇足ながら、
ハワイ州は本来ならば、もう1時間遅くした方が、
自然時間と合致するんだそうだが、
それではアメリカ東部時間とあまりにも開きがあり過ぎて、
仕事に影響が出て来るんだとか。

確かに、ニューヨークのマネーマーケットをチェックしたければ、
ハワイでは草木も眠る丑三つ時に、
ウエイク・アップしなければならない。

それで、私は夜の9時頃寝て、
早朝3時頃起きたりすることもあるんですが、
夜の11時頃に日本から電話を頂戴しますと、
これが寝惚けてしまってて、いったい何を喋っていたのか、
後からちっとも思い出せない、ということがしばしばです。

今朝、ウォーキングの途中、
チャイニーズ・レストランのオーナー、
ミスター・チャンとばったり会って立ち話をした。

9月に入ってからレストランの売り上げが前年比3割減とのこと。
ガソリン高騰が響いているね、ということで意見が一致した。
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by leilan | 2005-09-15 06:29 | 俳句

『俳句』  狂ほしさ秘めしままにて曼珠沙華

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          狂ほしさ秘めしままにて曼珠沙華  麗蘭







ここ数年、日本でも「デイサービス」という言葉を聞くようになった。

デイサービスというのは、
介護を必要とする方が日帰りで週に何回か訪れ、
レクレーションをしたり会話を楽しんだり、
お風呂に入ったり食事を楽しんだりする施設だ。

家に閉じこもるよりも、
様々な人と接することで回復を促進させたり、
家族の負担を軽くすることが目的となっている。

確か今年に入って、
グループホームで職員によって老人が殺される事件があったため、
マスコミはすぐに介護現場のネガティブな状況ばかり伝えるが、
すべてがそうなのではなく、
お世話をする人たちも様々な経験を積みながら、
いろいろな知恵を身につけていっている。

いつだったか、ハワイのホテルに置いてあった朝日新聞を読んでいたら、
介護現場で働く人の教育がまるで追いついておらず、
そういう人に介護されるのはたまったものではない、
といった論調がなされていた。

しかし、こういうものは「教育」でなんとかするものではなく、
やはり少しずつ時間をかけて試行錯誤を重ねながら、
知恵を育んでいくものであろう。
そのプロセスのなかで、
双方が生き甲斐を見いだしていく。

昨日、ホノルルのカハラにある老人施設を訪れた。
7月末、老妻を喪った86歳になる日系二世の知人が
入居されたのだ。

毎週というわけにはいかなそうだが、
月に二度くらいは顔を出して話相手になろうと思う。

そこには、近くの幼稚園の園児が7、8人来て、
お年寄りの前で可愛い歌を披露していた。

子供達が来ると、雰囲気ががらりと変わる。
人々の表情も突然生き生きとしたものになる。
子供というのは本当に不思議な力を持っているのだなと、つくづく感心した。

子供によって生きる力を与えられる。
この感覚はいったい何だろうと思う。

「教育」すれば万事がよくなるのではなく、
子供が入ってきて突然空気が変わるように、
生きるうえで大切な何かを日頃私たちは見落としていて、
それを発見する努力がきっと大切なのだろう。

介護現場にしても、
相手の気持ちをわからなくてはいけないなどと、
頭で決めていくのではなく、
ちょっとしたリズムの変化で楽しくなったり、
生き甲斐になったりすることもあるのだろう。

ここの施設で興味深かったのは、
いいと思える新しいことを積極的にやっていく
その腹の据え方みたいなものだ。
まあ、アメリカということもあるのだが・・・。

リスクとか失敗を考えすぎて、
型にはまったやり方ばかり繰り返していると、
空気が沈滞し、気持が沈滞し、息苦しくなる。

今日のマスコミや有識者のように、
100のうち1つの失敗をひどく攻撃し、
失敗は予め予期できなかったのか、
事前準備は充分だったのか、
見通しが甘かったのではないか等々、
後からだと誰でも言えるようなことを並べ立てるが、
そうした風潮が人間を萎縮させて、
生命力を損なっているのではないだろうか。

新しくトライしないと、
失敗について攻撃される心配はないが、
確実に何かが衰退し、損なわれる。

ポジティブに積極的に何かをやれば、
失敗もするかもしれないが、
間違いなく空気は変わるわけで、
その空気によって、
わずかな失敗よりも遙かに救われることの方が多くなるだろうと思う。
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by leilan | 2005-09-14 06:01 | 俳句

『俳句』  色鳥やともに生きたき人とをり

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            色鳥やともに生きたき人とをり  麗蘭





辺境の地のプアなホテルに泊まって、
深夜、トイレの水が流れる音、
あれぐらいノスタルジアと旅情を誘う音はない。

遠くで夜汽車がポーッといいながら
ガタゴト走っているのと似ている。

トイレを使うと、
後でチラと振り返りたくなる、
あの心理はなんだろう?

気持ちに残るものがあるのか?
あるいは、いとおしいのか?

さらの、そのチラと一瞥というので、
もう一つ引っかかる心理がある。

ホテルやコンドミニアムの廊下を歩いていて、
よその部屋のドアが空いていると、
べつに出歯亀の趣味はないのに、
ちらと覗きたくなる。
あの心理はなーんだ?

先だって、自宅の改装工事をしたとき、
玄関の扉を開けたまま大工さんと打ち合わせをしていた。
そのとき廊下を通りかかった女性が、
やっぱりチラと覗いた。

すると、その女性は、すみませんという調子で、
恥ずかしそうに顔を伏せて通っていった。
ハハア、これはエチケットをわきまえているなと思って、
その仕草にちょっと魅かれた。

年の頃といったら、35,6歳というところ。
いろいろ心得てきた年頃だ。
いっぱし世の中の酸いも甘いもかいくぐって、
第二段階をいま控えているところという感じですかね。

トイレに話を戻すと、
あれはやっぱり、UNKOが呼ぶのだろうか。
「ちょっとお姐さん、そのまま帰っていいの?」とね。

スペイン語で別れの言葉はアディオスだけど、
少しあらたまると、
「バイヤ・コン・ディオス」というのがある。

神とともに行け、という意味なんだけど、
今日からUNKOしたあと、
「バイヤ・コン・ディオス」と言って流すことにする!
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by leilan | 2005-09-13 07:01 | 俳句

『俳句』  September Eleventh 倒して食べるケーキかな 

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      September Eleventh 倒して食べるケーキかな  麗蘭





かつて170議席を誇った日本社会党が、
社民党となりわずか数議席を死守する姿を、
あのころ誰が想像しただろうか。

崩壊の原因は首相を出し、
自社さ政権というあり得ない連立政権に与することで、
戦後50年の「嘘」が国民に知れ渡ったことだろう。

だが、崩壊の過程の始まりは新進党政権への参加にある。
自民党の一党独裁を打ち破った歴史的に見れば一瞬ではあるが、
当時のアクチュアリティのなかでは画期的な転換であった。


自民  296
民主  113
公明   31
共産    9
社民    7
国民    4
日本    1
無所属  18


b0048657_11515041.jpg自民が単独で296議席を獲得した。

これには正直驚いたが、
これが自民党自身にとっても想定外だったことは、
東京ブロックの比例リストが
足りなかったことからも判る。

要は、なんのための勝利かということが重要。
自民党は国民から預けられた
マンデートを重く受け止め、
「手順とスピード」で改革を断行せよ。
Fast Eats Slow!

敢えて小泉が争点から隠した日本の難問は山積みだ。
安保理常任理事国入りは絶望的な状況。
北朝鮮の核開発を巡る六ヶ国協議では何も発言することなく、
拉致事件解決は見通しが立たない。
10月には海上自衛隊をインド洋に派遣しているテロ特措法の期限が切れる。
12月には、イラク派兵の期限切れが来る。


それにしても、
無党派層は「Swing Voter」だということを強く感じた選挙だった。
彼らが次も自民党を支持するという保証はない。
そして、今回の選挙は「民主党の失態」という色彩が強い。
「一度は政権交代を」と考えている選挙民も、
今回は「Not Now」として、民主党には票を入れなかった。

これで民主党の政権獲得は夢物語となったが、
この状況に小沢一郎が黙っているわけはない。
いわば、55年体制を党内に封じ込めたような体質をもった民主党は、
どこかで左右の境界線を引いて分裂するのだろうと思う。

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     September Eleventh 今年もまたこの日が終わろうとしている


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by leilan | 2005-09-12 10:54 | 俳句

『俳句』  春ひさぐ人に霧過ぐチャイナタウン

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           春ひさぐ人に霧過ぐチャイナタウン  麗蘭





♪追いかけぇて (ドンドン)
追いかけぇて (ドンドン)
すがりつきたいのォ

風雅な猥談の時間です。



フランスのあげまんと言えば、
エディット・ピアフという女。

街の舗道で生まれて育った大変なアーティストだ。
歌を愛し、男を愛し、生きることを愛したシャンソン歌手。

b0048657_1133578.jpg自殺未遂は何回か、
麻薬中毒も何回か・・・とにかく、
ボロボロに使い果たして、
1963年、47歳の波瀾の生涯を閉じた。

普通の女の何倍も人生を生き、
世界中の人に名作名唱を残した、いい女だ。

彼女の男遍歴がすごい。

パリの氷雨の中、
河岸っぷちで歌っていたイヴ・モンタンを拾ってきて、
楽譜の読み方から歌の歌い方から全部教えてやるんだな。
気前のいい女だから、
とことん貢いで、育ててやるの。

いい台詞がある。

「イヴ、おまえのその腰を利用するのよ。
場末の街角を横切る雄猫のような腰をしている。
それを舞台の上で発揮しな」

こう言うんだ、ピアフねえちゃんが。

その後、アズナブールだなんだかんだと男を変えていって、
男はみんな彼女に育てられていく。

ところが彼女は媒体としての役割だけなんだな。

そこで、私は思ったのね。

ピアフは不感症だったんじゃないか。
今度こそは男に歓んでもらえるだろうか、
今度こそはとひたぶるに女心で・・・。

不感症は、男遍歴のひとつのパターンだけれど、
マリリン・モンローにもそれを感ずるときがある。

b0048657_11352751.jpg女としていちばん素直なあれを
男にしてやれなかった、
歓んでもらえなかった、
私は女じゃないんだというふうに。

ディマジオもアーサー・ミラーも、
彼女のことを駄目だ
と言っているものね。
マリリン・モンローにしてみれば、
プライドを傷つけられて
苦しんだんじゃないかしら。

不感症というのは、
セックスは厭じゃないけれど、

オルガスムスをつかみたくてジタバタする。
でも、駄目なの。

だからピアフは気の毒ですよ。
滅びていく一方でしょ。
でも、彼女は一言の恨みも述べていない。

その不感症と思しきピアフがあげまんだという、
絶対矛盾的自己同一。

ピアフは心やさしき不感症、
モンローはセクシーな不感症、というところか。
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by leilan | 2005-09-11 16:36 | 俳句


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