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◇◆失って知る妻の恩
まず、無重力さんの↓しみじみとした文章にふれてください。

「夫婦」っつーのは長ーい「友だち」で無二の「戦友」なのか……?

徳岡孝夫さんは名文家だとつくづく思う。
氏は毎日新聞の記者時代、
ベトナム戦争の「ユエの攻防」や「サイゴン陥落」を、
現地からリポートした凄玉の特派員でいらした。
退職後は、すばらしい随筆の数々を物し、
加えて、英語翻訳がまた見事なのだ。
日本のジャーナリストでわたしが最も尊敬する人物である。

ところが、海外生活で日本の書籍が思うように手に入らないこともあって、
無重力さんがエントリされた「舌づくし」は未読であった。

徳岡夫人はジャーナリストの妻として、
覚悟というものができていた方だったと思う。
夫がベトナムの戦場に特派員として赴いたとき、
「徳岡死す」の情報が一時的に流れたことがあった、という。
ベトナム戦争史上最大の激闘といわれたユエである。
当時、兵士としてそこにいたというアメリカ人の友の話を聴いても、
平常でいられなくなるような話ばかりだ。
いや、戦争というものが平常ではないのだから当然なのだが。

ところが徳岡夫人は毎日新聞社から確認情報が入るまで、
一切、ご自分からは電話も入れられなかったというのだ。
新聞社のほうも混乱していて大変であろう。
夫の消息が判明すれば、必ずやすぐ連絡が入る。

この覚悟に、わたしは泣けてしまったことがある。

そうか、あの奥さまが亡くなられたのか・・・
無重力さんのエントリを拝見して、また泣けてしまった。

奥さまを亡くされた徳岡氏と同じような場面に遭遇したことがあった。

わたしが陰陽五行説や陰暦といったものに関心をもち、
師匠をさがして勉強してからそろそろ30年になる。
最初の師は佐藤栄作のご指南役といわれた老女だったが、
その師がほどなくして亡くなられ、
直弟子のお一人だったある実業家にその後は指導を受けた。
大学生がこういう勉強を熱心にするのが面白いと氏は言われたものだった。

師匠の奥さまは青山杉雨の門下生で、
なんというか、奥様族のカルチャーごっことは比較にならない、
それこそ文字に宿るたましいの探求に身も心も捧げた感があった。
ひとりの女性としてもすばらしい方だったが、
家事捌きもまた見事で、料理などずいぶんと教えてもらったものだった。

ところが奥さまは、やがて間質性肺炎を患われ、
東京医科歯科大病院で一年間の闘病もむなしく、亡くなられてしまった。
娘さんが九州に嫁がれていたこともあって、
看病を代行させていただいただけに、
わたしもドッと気落ちしてしまったが、
師匠の哀しみは傍で見ていても胸がつまった。

師匠の身の回りの世話は、通いの家政婦さんが引き受けられ、
この家政婦さんがまた大変いい方で、わたしは幾分ホッとしたものだった。
それでも心配で、家が近かったこともあり、
早朝、そっと師匠のお宅に伺うと、
すでに起きておられ、その背中が悄然としているのである。

家政婦さんと、
「われわれがどれだけ気を配っても、奥さまの1%にも満たないんですねぇ」
と、語り合ったこともあった。

家政婦さんは料理の達者な方で、
煮物など本当に美味しかったが、ある日出向いてみると、
台所に食べかけのカレーライスの皿が置いてあった。
「先生、カレー、お召し上がりになりませんの?」
と訊ねたら、
いつもは温厚で落ち着いた方が、まるで子供がダダをこねるように、
「あのカレーはママちゃんのカレーじゃないから食べたくないんだ。
ママちゃんのカレーじゃなきゃ嫌なんだ。ママちゃんのカレーが食べたいんだ」

わたしは、この言葉にドッと涙が込み上げてしまい、
「ええ、ええ、わかりますとも。ママちゃんのカレーは心得ていますから、
すぐ作りましょうね。先生、一時間、待っててくださいね」
そうなだめて、材料を買いに走った。

それから、ほどなくして先生は肺癌に侵され、
ちょうどママちゃんの一周忌、そのあくる日に亡くなられた。
築地の癌センターで余命いくばくもないことを知ったとき、
本人には告知していなかったが、
「家に帰りたい」
というので、それから三ヶ月間は、
文字通り、24時間体制の看護が続いた。

亡くなられる前々夜、
「音楽が聴きたい」
と仰るので、
師の好きだった曲を流した。
「夜のタンゴ」が流れたとき、
師の眼から大粒の涙がこぼれた。
その涙を拭いてやりながら、
「ママと一緒によく踊られた曲でしたね」
と語りかけると、
肺癌の手術で声帯の神経を切られ、声をなくした師は、
黙ってうなづかれた。

実業家として大成された芯の強い方でいらしたが、
妻の存在というのは、かくも大きいものかと思わされた。
by leilan | 2004-12-13 12:45
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バッカスの神さまに愛されたい

by leilan
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